改選3議席の参院選北海道選挙区。焦点は自民党と立憲民主党のうちどちらが2議席を獲得するのか、さらに言えば現職の長谷川岳が票をどれだけもう一人の自民党の候補、船橋利実に譲れるのかに絞られていた。自民党がバランス良く2人の間で票を配分すれば立民の2人当選が望めないことは、どちらの党にもわかっていたはず。終盤まで自民党支持者の票が長谷川に集中するとの懸念があったが、蓋を開けてみれば自民2人、立憲1人当選という結果に終わった。(敬称略)
6年前の悪夢
6月上旬、調査結果を見た自民党の旭川市議が表情を曇らせた。
「船橋(利実)がヤバイ。4位にも入っていない」
この時点で、自民党関係者の頭には2016年参院選の結果が浮かんだはずだ。
当 長谷川岳(自) 648269
当 徳永エリ(民) 559996
当 鉢呂吉雄(民) 491129
次 柿木克弘(自) 482688
(自は自民党公認、民は民進党公認)
自民の2人の得票数を合計すれば、民進の2人より約8万票も多い。ところが改選3議席のうち2議席は民進のものになり、自民は長谷川岳の1議席にとどまった。当時の状況を率直に評した政治家がいる。「一人を勝たせ過ぎて、結果として力を落としている。北海道は頭悪いと思った。計算できないのか」。今年4月に選挙応援のため来道した麻生太郎副総裁が、室蘭で開かれた集会で語った言葉だ(船橋は麻生派に、長谷川は安倍派に所属している)。
後援会長急きょ変更
3年後、19年の参院選道選挙区に自民党から出馬したのは、高橋はるみと、元道議の岩本剛人。4期16年にわたり知事を務めた高橋の知名度は圧倒的で、選挙運動をしなくても当選できるのは明らかだった。選挙活動の資源は全面的に岩本に集中し、2議席を軽々と獲得。立憲民主は1人を擁立して当選させるのがやっと。19年に岩本を集中的に応援する自民党の方針が徹底されたのは、16年選挙での失敗が苦い薬になったことに加え、高橋自ら岩本への集中的な応援を呼びかけたためだ。
衆院選に初挑戦してから26年、参院初当選から12年。長谷川は51歳となった。多少は性格が丸くなり、「もう一人の自民候補」のことを考える余裕が出てきたのかといえば、そんなことはまったくなかった。自民党関係者は語る。「ただ勝つのではなく、圧倒的な票差で勝つことが長谷川陣営の目標。船橋の当落など眼中になかったのだろう」。
長谷川のこうした姿勢が、船橋の旭川後援会長の人選にも反映されている。船橋に近い高橋はるみの強い働きかけで、新谷龍一郎旭川商工会議所会頭が引き受けることがほぼ決まっていた。ところが、長谷川が新谷や旭川市内の有力者に電話をかけて猛烈な巻き返しを図った結果、新谷は最終的に就任を断念。新谷の意向で会長職を引き受けたのは副会頭の山下裕久だった。長い間、前旭川市長・西川将人の有力な後援者として動いてきた山下は、自民党の選挙に関わった経験が乏しく、長谷川の旭川後援会長を務めた商工会議所副会頭・荒井保明と経験の差は明らかだったが、それでも船橋のために奔走した。なお、山下については「損な役回りになる可能性が大きかったのに、むしろよく引き受けた」などと評価する声もある。
味方百人 敵百人
長谷川を評して多くの自民党関係者が口にする表現が「味方が百人いて、敵も百人いる」だ。和を重視してことを荒立てることを嫌う政治家が増えたいま、長谷川のような政治家は少数派。それでも、予算獲得などについて功績があり、長谷川のウケがいいのは事実だ。
マスコミなどの調査で「長谷川は盤石。船橋、徳永、石川(知裕)は横一線」などと報じられてから、自民党の動きが慌ただしくなった。7月3日には総裁の岸田文雄、4日には幹事長の茂木敏充が道内に入り、「重点候補」の船橋を応援した。「首相が応援するということは、党としても絶対に船橋を落とすわけにはいかないということだ」と、旭川の自民党関係者。とはいえ長谷川は有権者個人にも建設業界にもよく浸透していた。「幹事長が船橋を推せと言ったからハイそうですか、とはならない。今年よさこいソーランが札幌で久しぶりに本格開催されたことも、長谷川の追い風となった」(別の自民党関係者)。
一方の船橋も必死の選挙戦を展開。故郷の北見圏での集中的な得票の効果もあり、最終的には全道で次点・石川と2万4840票の差で3位に滑り込み、「自民2・立憲1」の結果に終わった。
長谷川と船橋だけの得票に注目すれば、全道の得票率は長谷川57%に対し船橋43%、旭川では長谷川60%に対して船橋40%。長谷川の集票力は圧倒的だった。
札幌の船橋選対中枢にいる人物は「あまり知られていないようだが、船橋はこれまでの議員生活で中央と太いパイプを築いてきた。さまざまな分野について道民に貢献してくれるだろう」と今後に期待する。
銃撃事件影響は?
立民は苦しい選挙を強いられた。国民民主党が独自候補の臼木秀剛を擁立したために、一部の労組票を奪われた。単純計算の上では、今回臼木秀剛が獲った9万票余りが徳永と石川に半分ずつ入っていれば、立民2自民1という結果に終わっていたことになる。
投開票日の2日前には、安倍晋三元首相が奈良県内での選挙演説中に銃撃され死亡するという衝撃的な事件が発生した。注目されるのは、今回の選挙結果への影響。投票率は前回の53.76%に対して今回は53.98%とほとんど違いはなく、全国的な自民優勢と立民の苦戦は各社の調査で早くから予想されていた。北海道選挙区の結果は、その延長線上にあると解釈することもできる。
この記事は月刊北海道経済2022年08月号に掲載されています。