旭川ラーメンの「重要物資」鶏ガラ不足回復まで1年半?

 防護服とマスクに全身を包んだ作業員が養鶏場に入り、殺処分したニワトリを容器に詰めて運び出す。付近に掘られた穴に建設機械で埋設する。過去最悪の鳥インフルエンザ流行に見舞われた昨年秋から今年の初めにかけ、日本全国で繰り返されてきた光景だ。その多くは肉用ではなく、採卵目的の養鶏場で発生した。鶏卵の値上がりと不足は連日伝えられている通りで、一部の飲食店チェーンは玉子を使った料理の販売を中止するなど対応に追われた。ラーメンのまち旭川にとって心配なのは、鶏ガラの不足と値上がりだ。この冬の鳥インフルエンザの流行は終わりに近づいているが、影響は1年半以上は継続すると懸念されている。

まちの経済を支える「戦略物資」が不足?

全国飼育数の1割以上を処分

 一般消費者の財布を直撃したのは、鶏卵の値上がりだった。昨年の2月から今年の2月にかけての卸売価格の上昇率が4割に達したとの報告もある。鶏肉もまた値上がり傾向が続く。いずれも長期間にわたり安値が定着し、家計にとっては頼れる「物価の優等生」だっただけに、衝撃は大きい。
 人間の世界では新型コロナの影響がようやく和らいできたが、ニワトリの世界ではインフルエンザが猛威をふるっている。世界各国で鳥インフルエンザが流行しており、日本国内では3月初めまでに25道県で77の事例の報告があり、採卵鶏だけで1385万羽が殺処分された。これは全国で飼育されている採卵鶏の1割以上に相当する。道内でも昨年秋に厚真町、伊達市で殺処分が行われた。3月28日には千歳市内の大規模な養鶏場で感染が報告され、55万8000匹が殺処分されたとの衝撃的なニュースが飛び込んできた。
 しかし、ニワトリの関連商品にすべて同じ影響が及んでいるわけではない。感染が広がったのは鶏卵のための専用品種(レイヤー)の養鶏場が中心であり、鶏卵の不足と値上がりはインフル流行の打撃を受けたものだ。一方、肉用品種のブロイラーへの影響はいまのところ軽微で、鶏肉の値上がりが進んでいるのは飼料高騰の影響が大きいとされる。では鶏ガラは食肉業者が扱っているから影響は軽微かというと、そうではない。鶏ガラだけは産卵から「引退」したニワトリに由来するものが多いためだ。

速成型の肉用 晩成型の採卵用

 このあたりの事情には、レイヤーとブロイラーの商品サイクルの違いが影響している。一般的に、ニワトリは卵からかえってから成熟するまでに4~5ヵ月が必要だが、経済性を追求して品種改良が続けられたブロイラーは、生後51~55日で出荷される。この若さでは十分に骨が発育していないため、ブロイラーの鶏ガラはスープを作るのには適していない。
 一方、レイヤーは生まれてから産卵するようになるまで150日程度が必要。それから約1年~1年数ヵ月は産卵し、卵の質や産卵率が低下してくると屠殺され、廃鶏となる。廃鶏と言えば聞こえは悪いが、生きている期間がブロイラーよりも長いため骨格がしっかりしているレイヤーのほうが、ラーメンのスープを作るのには適している。
 鳥インフルエンザの感染はほとんどが採卵用の養鶏場で発生しており、殺処分されたのは大半が採卵用のレイヤー。現在のレイヤーの幼鳥が成長して、産卵の役割を終えた後で廃鶏の鶏ガラとして市場に供給されるまでには、1年半から2年の時間が必要となる。次の冬にも大規模なインフル流行が発生すれば、影響はさらに深刻化することが避けられない。
 市内の食肉卸売店の話。「(レイヤーの)廃鶏のガラが不足しており、仕入れ値も1羽分60円だったのが、70~80円に上昇した。このため(ブロイラーの)若鶏のガラに切り替えている。やや味がたんぱくになるが仕方がない。ラーメン店は若鶏のガラのほか、固形スープに切り替えるなどして対応しているのではないか。ガラを使って自前でスープを作るよりも、固形スープを使うほうがコストはかさむ」
 ほかに「取引業者の努力もあり、現在鶏ガラ等の納入量、納入価格については変わりない」と説明する卸売業者もあるが、この業者の耳にも「鶏卵農場に疾病が集中しており、(レイヤーの)廃鶏鶏ガラについては生産が現在非常にタイトになっており供給が厳しい」との情報が入っている。

Wスープの素材 多様化進む

 旭川のラーメン店にはどんな影響が及んでいるのだろうか。意外なことに「まったく影響はない。鶏ガラが不足しているという話自体、初めて聞いた」と語る店主もいた。というのは、旭川ラーメンのスープは鶏ガラが唯一の材料ではないためだ。
 他のご当地ラーメンと比較した時、真っ先に挙げられる旭川ラーメンの特徴が「W(ダブル)スープ」つまり、二つの材料を使って別々の鍋で作ったスープを最後に混ぜるということだ。ただ、具体的にどんな材料が使われているのかは、店によってまちまちであり、店ごとの個性を際立たせる要素となっている。鶏ガラへの依存度が高い店は、鶏ガラ不足の影響は大きいが、ある店は豚骨と野菜、また別の店は鶏ガラと魚介といった具合にスープの素材は多様化しており、ホルモンを用いるところもある。Wスープというが、実際には3種類以上の素材を使うのも一般的。鶏ガラではなく、鶏を丸ごと鍋で茹でてスープを取る店もあるが、こうした店がレイヤーの廃鶏を使うとは考えにくく、影響はほとんどないと考えられる。
 市内のある飲食店は、幅広いメニューの一つにラーメンがあるが、作り方は本格的で、鶏ガラからスープを作っている。取引している食肉の卸売業者から、鶏ガラが不足しており、解消するには1年以上の時間がかかると聞いて、今後の材料確保に不安を感じている。
 人間の新型コロナと同様、鳥インフルエンザについても収束することを願うしかない。

この記事は月刊北海道経済2023年05月号に掲載されています。
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