今秋にも法改正 道内「基幹作物」目指す大麻

 芸能人の逮捕のたびにネガティブな関心を集める大麻。しかし、太古から日本の生活、神事を支えたこの植物は、健康的な食材でもある。難治性てんかんに有効な薬の原料としても注目を浴び、東京では国会議員や厚生労働省が一昨年から、規制緩和に向けて積極的な動きを見せた。分水嶺となりそうな「大麻取締法」の改正も視界に入っており、早ければ再来年の春にも新しいルールのもとで、麻薬成分を含まない大麻の栽培が始まる可能性がある。約20年にわたり、大麻を北海道農業の基幹作物にするべく努力を続けている人物の話を聞いた。

700分の1に激減
 北海道の山の中に、人間社会にとって極めて有用なある植物が自生している。大昔からその繊維は衣類や縄の材料となり、神事にも用いられてきた。近年、欧米では建材や自動車の内装材としても活用されている。種子は古くから主要な食材の一つであり、種から取れる油は栄養バランスに優れている。種子を大量に摂る食習慣のある中国南西部の村「巴馬」は、「世界五大長寿の里」に数えられている。
 二酸化炭素の排出量低減が世界的な課題となっている今、「急速な成長」もこの植物の魅力となっている。一年生の「草」であるにも関わらず、春に発芽したものが、大量の二酸化炭素を吸収・固定しながら、その年の秋には高さ約3メートル以上にも達する。
 ところが、いま日本ではこの植物の栽培が極めて限定的にしか行われていない。2021年の栽培者数は日本全国でわずか27人、栽培面積は7ヘクタール。1952年の3万7313人、4916ヘクタールから激減したのは、この植物の葉と花穂に麻薬成分が含まれており、GHQの指示を受けて1948年に制定された法律で厳しく規制されているためだ。
 この植物とは「大麻草」。全国各地に残る地名に「麻」が含まれていることは、かつて日本ではありふれた植物だったことを物語る。日本の伝統文様に「麻の葉」と呼ばれる六角形と三角形を基本にしたものがあるが、これは大麻草の葉の形を意匠化したものだ。
 有用であるにもかかわらず自由に栽培できないのは、麻薬成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)が含まれているから。THCをほとんど含まない品種を北海道に導入しようと呼びかけ、地道な活動に取り組んできたのが一般社団法人北海道ヘンプ協会の菊地治己代表理事だ(ヘンプ=hempは大麻の英名)。
 本誌が初めて菊地氏らの熱心な取り組みを紹介したのは2009年のこと。それから長い歳月が経ったが、未だ大麻栽培が本格的に解禁されるには至っていない。それどころか、研究目的の栽培の過程で残渣などの処理について不備を指摘され、関係者が書類送検(のちに不起訴)されるという思わぬ挫折もあった。それでも菊地氏はめげずに、行政や議会への陳情、啓発活動、海外先進地への視察、シンポジウムの開催などを続けてきた。
 こうした粘り強い活動が功を奏し、ここに来て大麻を巡る状況が、ようやく規制緩和に向けて動き出している。早ければ今年秋には国会に大麻取締法の改正案が提出され、関連する法律や省令、ガイドラインの改正や整備を経て、25年の春には、新しいルールのもとで大麻の栽培が始まる可能性がある。

世界的な潮流受け
 状況変化の大きな要因は2つある。ひとつは北海道ヘンプ協会など大麻の可能性に注目する団体や個人による働きかけ、もう一つは世界的な規制緩和の流れだ。もともと大麻の嗜好目的の使用は、程度の違いこそあれ、欧米の多くの国で禁止されていた。しかし近年、多くの国では医療用大麻の合法化や、嗜好用大麻の使用の非犯罪化などが進んだ。2020年12月にはWHO(世界保健機関)の勧告に従い、国連麻薬委員会が大麻を「最も危険な薬物」のリストから除外した。
 2022年は世界的に規制緩和が進む年となった。主のなものだけでも、▽米ミシシッピ州で医療用大麻合法化(37州目)▽フランスで医療用大麻の栽培を許可する法令が発効▽米ニューヨーク州で嗜好用大麻の合法化▽アルゼンチンで医療用・産業用大麻合法化▽スイスが医療用大麻を合法化▽米バイデン大統領が大麻単純所持で連邦法により有罪判決を受けた人に恩赦▽ドイツで嗜好用大麻合法化の閣議決定(法制化は24年の予定)、といった動きがあった。
 日本だけがこうした動きの外にいたわけではない。2021年1月から6月にかけては医学・薬学・法学の有識者により構成される厚生労働省の「大麻等薬物対策のあり方検討会」が開催され、同年3~7月には自民党のプロジェクトチームでの検討が行われた。6月には超党派の国会議員約40人からなるカンナビジオールの活用を考える議員連盟(CBD議連)が結成された。翌22年5月から9月にかけては大麻規制検討小委員会が4回開催され、「議論のとりまとめ」の中で▽大麻から製造された医薬品のうち有効性安全性が確認され、法に基づく承認を得たものは輸入、製造、施用を認めること▽現行法の大麻の単純所持罪ではなく、他の薬物取締法規と同様の使用罪を導入すること▽現行法は花穂と葉を規制対象とするなど、部位に基づき規制しているが、部位ではなく麻薬成分の含有率を基準とする規制を導入すること、などの方向性が盛り込まれた。同年6月に政府がまとめた「骨太の方針」にも、「大麻に関する制度を見直し、大麻由来医薬品の利用等に向けた必要な環境整備を進める」との内容が明記された。
 次はいよいよ厳格な規制の大元である大麻取締法の改正だ。関係者の間では現在開催中の通常国会に改正案が提出されるのではないかとの見方があったが、他の政治日程との兼ね合いもあり、「今秋の臨時国会での提出」との見方が強まっている。菊地氏は、大麻取締法だけでなく、省令をはじめ他にも多くのルールを整備する必要があることから、今秋に大麻取締法改正が実現したとしても、新しいルールの下で大麻の種子がまかれるのは25年春、その秋に収穫が行われるとの見方を示す。
 現在、日本で大麻栽培に向けた動きの先頭を走るのが三重県。昨年7月には低THC品種の栽培を念頭に県の大麻取扱者指導要領を改定、11月には三重大学で神事・産業用の大麻研究組織が発足した。三重県が積極的なのは、古くから伊勢神宮の神事に大麻が用いられてきた歴史的経緯があるためだ。日本における大麻の利用には、国際的な流れへの同調だけでなく、伝統への回帰という側面がある。

種子は海外から輸入
 いま大麻に関する規制緩和を考える上でキーワードとなっているのが、「カンナビジオール(CBD)」。大麻に含まれる成分の中で、THCが向精神作用を持つのに対して、CBDは医療への活用が期待されているもので、向精神作用はない。欧米ではCBDを含む薬品が、難治性てんかんの治療薬として承認され、初歩的な研究では精神病の治療に役立つ可能性も指摘されている。日本の現行の法令下では、THCをほとんど含まず、CBDだけを含む大麻の栽培も非常に困難だが、規制の基準が部位から成分に変われば、こうした品種の栽培に道が開かれ、国内でCBDを含む薬品を開発、生産することも可能になる(CBDを含む商品はすでに輸入されている)。
 CBD議連は昨年、厚労省に提出した提言の序文の中で、「国民の健康増進と健全な経済成長は国会議員であれば誰もが志向する目標。CBD製品は正しく活用すれば、これらの実現に資する。大麻草由来の難治性てんかん医薬品が承認されていないのは、G7諸国のうち我が国のみ。今こそCBDの活用及び健全な市場育成を進めていかねばならない」(抜粋)と指摘している。
 日本でも大麻の栽培に向けた環境は整いつつあるが、課題は依然として多い。北海道ならではの事情として、野山では大麻が自生している。低THCの品種を導入し、許可を得た畑で栽培したとしても、自生している大麻の花粉が風にのって交雑すれば、高THCの種が実る可能性がある。このため、「北海道では種子の生産は行わず、外から毎年種子を持ち込む必要がある」(菊地氏)。
 低THC品種としては、国内の大麻生産者の大半が集中する栃木県で栽培されている「とちぎしろ」があるが、もともと栃木でも晩生のとちぎしろは、北海道で育てると開花期が温度の低い9月となり、種子がよく実らない。このため海外から別の品種を輸入する体制が必要になる。国内で種子をとらず、毎年海外から種子を輸入するのは、農業の現場では珍しいことではなく、一例を挙げればビート(甜菜)の種子は輸入品だ。
 産業用大麻の生産が盛んなフランスでは、現地の種子メーカーが低THC、低CBDの品種を開発している。このメーカーとは、菊地氏が視察に訪れたり、北海道ヘンプ協会のシンポジウムに欧州から関係者を招くなど交流しており、種子の提供は可能との説明を受けている
 菊地氏が大麻の導入を主張するのは、現在北海道の農業が直面する問題に、大麻がある程度、解決策を提供すると期待しているためだ。たとえば、ビートは生産農家が高齢化して労働負担の軽い他の作物に転換するなどの理由で、作付面積が減少傾向にある。現在の傾向が今後も続けば、ビートや国内の製糖工場だけでなく、畑作全体に影響を及ぼす可能性がある。というのは、多くの畑では、例えばビート→馬鈴薯→小麦→豆類→再びビートといった輪作を行うことで連作障害を防いでいるためだ。大麻は、そのビートを代替する可能性を秘めている。
 また、貿易自由化交渉のあおりで国内の牛乳・乳製品市場が諸外国に開放されれば、その最上流とも言える広大な牧草地が一部不要になるかもしれない。そうした状況でも大麻が選択肢のひとつになる。道内の至るところにある休耕地を活用する上でも、大麻が役立つかもしれない。
 もちろん、作るだけでは不十分で、国産麻の繊維や麻布、建材、大麻油などの需要を国内で高めていくことも、今後の重要課題となりそうだ。
長い年月必要でも 農学博士としての知見を活かし、道内だけでなく全国的な規制緩和に向けた動きにも関わっている菊地氏は、今後の道のりも平坦ではないかもしれないと覚悟しながらも、、たとえ時間がかかっても、いつかは大麻が北海道農業の基幹作物になると信じている。
 大麻に関わるようになる前、菊地氏は北海道立農業試験場の職員として、「ほしのゆめ」「ななつぼし」「ゆめぴりか」といった現在北海道の稲作を支える優良品種の開発に携わってきた。「コメの新品種開発には30年がかかった」と菊地氏。大麻に関わるようになってからまだ20年。道内各地の畑で大麻が成長するのを見届けるまで、たとえ想定外のハードルが待っているとしても、あきらめずに努力を続けるつもりだ。

この記事は2023年07月号に掲載されています。
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