当麻町・アサンテファーム髙栁さん夫妻の挑戦

 北海道の雄大な自然に魅かれ、家族で当麻町に移住して昨年から有機農業に挑戦しているアサンテファーム(当麻町北星2区)の髙栁さん夫妻。ご主人の力也さん(42)は、商社や石油プラント企業の元営業マンで、培ったビジネスの手法と、「菌活」に着目し、無農薬栽培で美味しい野菜作りに邁進中だ。

無農薬で栽培
 髙栁さん夫妻が経営するアサンテファームは、当麻町の道の駅から車で10分ほどの距離にある。7棟のビニールハウスでは、ミニトマトをはじめホワイトコーン、長ネギ、かぼちゃ、加工用の大玉トマトなど、様々な野菜を栽培している。農場では農薬や化学肥料を一切使用せずに、微生物や菌の力を有効活用した無農薬野菜の栽培に取り組んでいる。

 髙栁さん一家は、夫妻と中1の長女と小4の長男の4人家族。ご主人の力也さんは東京生まれで、大学は北海道大学水産学部に進み、札幌と函館のキャンパスで学生時代を過ごした。卒業後は青年海外協力隊員としてアフリカのタンザニアに理数科教師として着任。帰国後は、関東圏で商社や石油プラント会社の営業マンとして勤務した。
 会社員として多忙な生活が続いたためか、30代半ばに体調を崩し、抗生物質を服用する機会が増えた。そんな時に、「腸内細菌」が人間のからだの免疫に深く関係していることについて書かれた記事に出合い、関連する本を読み漁るうちに興味が高まり、ついには薬を断ち、腸内細菌に良い食事を積極的に摂る生活にシフトし、体も次第に健康になった。
 食べ物に着目するようになった力也さんは農業にも関心を抱くようになり、野菜の生育にも土壌の中の細菌や微生物の働きが深く関係していることを知った。人間も野菜も、微生物によって生かされていることに気づいたことで、無農薬農業に強く魅かれるようになったという。また、結婚をして子供が生まれると、佐知子さんの実家がある旭川に里帰りするようになり、自然に囲まれた北海道でのびのびと子育てをすることを夢見るようになったそうだ。
 しだいに北海道での就農を考えるようになり、転職に難色を示した妻の佐知子さんの説得を何度も試みた。
 力也さんの思いに根負けした佐知子さんもようやく首を縦に降り、旭川の近郊の自治体で無農薬農業による新規就農を受け入れている町を探し、当麻町に昨年移住した。

巧みに販路拡大
 1年目は、同町のベテラン生産者に師事し、農業のノウハウを学びながら、自宅から車で2、3分の距離にある伊香牛地区でビニールハウスを借りて、無農薬による野菜づくりに挑戦。基本となる土づくりでは、有用微生物たっぷりの自前の堆肥に加えて、納豆菌や乳酸菌、作物残渣から抽出したエキスなどを作物に与えた。
 この土を使ってミニトマトなど数種類の野菜を栽培。丁寧な土づくりが奏功し、予想以上の出来栄えとなり、2年間の予定だった研修も1年で卒業。今春に独立して、いよいよ佐知子さんと二人三脚での野菜づくりの挑戦が始まった。
 今年は収穫面積を増やし、手がける野菜の品種も増やした。
 7月に長雨が続いたことでトマトにカビが生えてしまったり、購入した中古のトラクターが故障するなど様々なアクシデントも経験してきたが、ミニトマトをはじめホワイトコーン、かぼちゃなど生育は順調。妻の佐知子さんは、「お客様から『美味しかった』『野菜嫌いの子供が美味しいと言って食べた』などの声を聞くと、とてもやりがいを感じます」と笑顔で話す。
 また力也さんは、「出来ることが少しずつ増えていくことに充実感を感じています。農業用の装置を自分で作ることもありますが、上手く作動すると嬉しい気持ちになります。大変さの一方で、農業に様々な魅力を感じています。その一つが無農薬野菜のための土づくりで、とても奥が深く、一生をかけて研究する価値のあるテーマだと思っています」と明るい表情で話してくれた。
 無農薬で栽培する野菜は、従来の農業の手法と比較すると収量があがらず、大きなロットを確保することが難しい。そのため販路の開拓がハードルとなっているが、髙栁さんは、ビジネスで培った営業力を活かし、着々と販路を拡大している。
 就農を決意したのはまだ神奈川県川崎市に在住していた時だが、オーガニック野菜を扱っている近隣のスーパーに片っ端から電話をし、どのような品種を扱っているかなど情報を収集していた。就農してからは、裏面にプロフィールを書き込んだ名刺を持って青果店などに飛び込みで営業をし、自身のこれまでの人生経験を話すことで相手との距離を縮め、着実に販路を拡大してきた。
 現在、出荷先のメインとなっているのが、有機や低農薬野菜などの定期宅配サービスを提供するネットスーパーや、東京のオーガニック系スーパー、そしてネット販売。また、当麻町と比布町の農業者グループ「Taisetsu Roots」に所属し、障がい者就労を支援する「ピピマルシェ」の利用者の送迎バスに積み込んで、旭川近郊の店舗やレストランへの販売も行っている。前職の同僚も頼もしい応援団で、アサンテファームの常連客として定期的に野菜を購入してくれている。

中東へ「輸出」
 まずは経営を軌道にのせることが当面の目標だが、ビジネスなどでアフリカや中東の国々の人たちと親交を深めてきた経験からこんなグローバルな夢も抱いている。
 「北海道野菜の美味しさを全国に広めたいというのが一つの目標です。また、会社員時代に取り引きのあった中東のカタールやアラブ首長国連邦、サウジアラビアなどに『輸出』が出来たら良いなと思っています。これらの国々はお金はあっても厳しい気候のため作物が育たず、野菜や果実の大部分を輸入に頼っています。何らかの形で農業を通じて、海外と繋がりを持つことが夢です」(力也さん)
 ちなみに、ファーム名のアサンテとは、スワヒリ語で「ありがとう」を意味する。雄大な自然の中、果敢に無農薬による農業に取り組む髙栁夫妻の挑戦は始まったばかりだ。

この記事は月刊北海道経済2023年9月号に掲載されています。
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