2027年 旭川の農業が危ない!

 本誌既報の「水田活用の直接支払い交付金」の制度厳格化。転作に協力してきた農家の大幅収入減は不可避だが、その衝撃を和らげるため導入される新しい制度は、金額が不十分な上に、これまでに採択された旭川市内の農家はごく一部。従来制度の期限が切れる2027年、条件が悪い農地での耕作は収支が合わなくなり、放棄地が激増するとの見方も生じている。

コメ以外の生産 奨励してきたが
 「数年後、旭川の農業が大きな打撃を受ける。条件が比較的優れている農地は生き残れるかもしれないが、あまり良好でない農地は放棄されるだろう。郊外の農地はどこも雑草が伸び放題といった状況に陥るかもしれない」との危機感を口にするのは、旭川市の郊外で広大な農地を管理している農家だ。
 懸念の理由は、農業を支える制度が見直され、その後継となるはずのしくみがあまりにも頼りないことにある。新しいしくみについて説明する前に、これまで道内での農業経営にとり不可欠だった交付金制度について概説する。
 コメの国内生産量が需要を大きく上回り、一方で小麦や大豆といった重要な作物は国内生産量が需要を賄いきれず海外への依存度が高いことから、政府は転作を奨励してきた。「水田活用の直接支払交付金」(略称「水活」)では、コメの代わりとなる作物を生産することで、作物ごとに定められた金額が交付される。こうした制度を活用して、日本全国の農家が収入の減少を補いつつ、輸入依存度の高いコメ以外の作物を生産してきた。

水田の5割弱を転作に活用
 転作という言葉には、主役のコメの生産(本作とも言う)に対比して「脇役」「仮の作物」という意味が含まれている。しかし、数字を見る限り転作も旭川の農業の不可欠な柱の一つだ。2023年度版「あさひかわの農業」によれば、22年度の旭川市内における名目上の水田の面積は1万147ヘクタール、このうち実際にコメの生産に用いられているのは5939ヘクタール(主食用、加工用などを合計)、コメ以外の作物の転作に活用されているのは4834ヘクタール(名目上の水田のうち47・6%)だった。転作を行っている農家は916戸、転作に伴う交付金の合計額は31億2200万円に達する。
 ところが、厳しい財政事情を理由に、政府は今年度から水活を厳格化した。従来は「水張りができない農地(あぜや用水路がない農地)は交付金の対象外」とされていたが、新たに「5年間に一度も水張りが行われない農地は交付対象の水田としない」という明確な条件が加えられた。長い間、温情で見逃されていた部分に対して、今後は原理原則を厳格に適用するとの宣言だった。
 現実には、長年の転作で水路やあぜが変わってしまい、いまさら水田として活用するのは難しいところ、活用するには多額の費用を投じて工事しなければならないところが多い。大幅な交付金の減少は避けられず、たとえば牧草の場合、従来の水活で10アールあたり年3万5000円だった交付金が、1万円に激減(種子をまかない年)することになってしまった。
 農業経営に不可欠な基盤の一つとなっていた水活をただ廃止するだけでは農家への打撃があまりにも大きいと考えたのか、政府は新たな取り組みに着手した。それが「畑地化促進事業」だ。
 この事業では、水活の対象となっていた農地を、対象から外して「畑地化」とすることを条件に、①畑地化支援のための支援(一度きり)と、②定着化支援(5年間)を行う。10アールあたりの金額は作物により異なり、野菜、果樹、花きといった高収益作物の場合は①が17万5000円、②が2万円(加工・業務用野菜は3万円)×5年間、高収益作物以外なら①が14万円、②が2万円×5年となる(②についてはいずれの作物も一括払いの制度あり)。
 このほか、水を大量に使う水田経営から撤退し、畑地化に取り組む場合、土地改良区に「地区除外決済金」などを支払う必要が生じる場合がある。そのための支援も10アールあたり25万円を上限に行う。

2次募集応募 猶予は7日間
 農家の間には、水活厳格化による衝撃を一定程度和らげるものになるとの淡い期待もないわけではなかったが、いま広がっているのは不安と失望だ。各地で自治体やJAなどが構成する農業再生協議会ごとに、今年2月に1次配分先の募集が行われた。6月にその結果が発表されたが、旭川市では282戸が応募したのに対し、採択されたのは16戸に過ぎず、その後3戸が辞退、または作物の変更で採択されなくなったことから、実際の採択率は5.6%にとどまった。
 北海道全体で旭川と同様に採択率が低いわけではない。むしろ、今回の畑地化促進の予算、全国で212億円のうち北海道には約6割、135億円が投じられる予定であり、主に北海道での畑地化を促進するという政府の姿勢は明確だった。
 実際、長沼など札幌周辺の農村における採択率は4割程度ともっと高い。旭川で採択率が低いのは、審査のしくみと関係している。
 この事業では、畑地化を希望する農家が応募し、これを採点して点数の高い農家から順番に採択、予算の枠を使い切ったところで「打ち止め」となる。採点基準のなかで配点比率が最も高いのは高収益作物、とくに加工用の野菜を作るかどうか。需要地に近く作物を運びやすい札幌圏の農家が有利なしくみとなっており、広大な農地で牧草やそばなどを低コストで生産することが多い旭川の農家は、審査が始まる前から不利な戦いを強いられていた。今後も同様の方法で審査が行われれば、現在転作を行っている農家の多く、とくに高齢化していまさら作物を転換できない農家は、畑地化促進のための支援を受けられないまま、「退場」を余儀なくされるかもしれない。
 二次配分に向けた書類の受け付けが行われたのだが、農水省から地方自治体に連絡があったのは9月8日、北海道から旭川市農業再生協議会の事務局が置かれている旭川市農政部に送られた文書は9月19日付、市農政部は速やかに農家などへの連絡を行ったが、道への提出期限は9月27日だった。農水省としては今後の補正予算に計上する畑地化促進事業のための予算が使われないまま残ってしまう事態を防ぐために、あらかじめ農家の意向を探っておく必要があったが、第一線の農家からは「秋の農作業に忙殺されているこの時期の募集はあまりに性急ではないか」といった声も出ている。

どこへ行く? 食糧安全保障
 いずれにせよ、畑地化促進事業は数年間の事業でしかない。同事業の下で交付が行われるのは5年間だけ。その一方で、5年に一度水張りをしない農地への「水活」の交付金は2027年には受け取れなくなる。それが冒頭で紹介した、旭川周辺で「放棄地が激増する」との危機感の根拠だ。
 こうした状況の下、全国の自治体やJAが政府に要望を出し続けているが、国としても明確な方針を打ち出せていないのが現状。旭川市農政部は「問題の規模が大きいことから、旭川市独自の対策は難しい。政府から今後どのような対策が示されるのかに注目している」と説明する。
 この夏も好天に支えられ、上川地域の稲作は好調だった。品質も高まっている。昔の農村社会なら豊作に大喜びしたはずだが、需要と比較して獲れすぎ、転作しようにも支援制度が貧弱なうえ先行き不透明だとすれば、喜んでばかりはいられない。こうした状況は、世界情勢の緊張が深まる昨今、「食糧安全保障」の観点からも懸念される。強い不安の声は、国会や中央官庁に伝わっているだろうか。

この記事は月刊北海道経済2023年11月号に掲載されています。
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