台湾の漢方製薬大手「順天堂」が合弁会社をつくり、エゾシカの角を使った機能性食品の製造拠点を当麻町の旧北星小学校(北星1区)に設け、来年10月には本格稼働させる見通しだ。順天堂としては日本で初めての製造拠点となり、当麻町が進める「食・木・花育」政策にも合致した地域創生に協力して取り組む。
食・木・花育にも共感 薬用資源の安定調達も
順天堂は、自然に由来する動植物などを原料とする漢方医薬品メーカー。健康食品、ペット用健康食品などの製造販売ほか製造受託等も行っている。販売網は世界26ヵ国に及び、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアなどの輸出にも力を入れている。アメリカには製造拠点を構える。順天堂台湾台中工場は2007年、日本厚生労働省から「医薬品外国製造業者」認証取得を受けており、今年更新手続きを済ませている。2018年には東京支店として「順天堂日本合同会社」を設立し日本市場にも漢方製品やペット用健康食品を提供している。
さらにSDGs(持続可能な開発目標)事業に積極的に取り組むことによって、自社の持続的な発展や成長、社会問題の解決にもつながることを認識している。順天堂の関係者は薬用資源の安定調達や、地政学的リスク回避などの課題に取り組んでいる際、北海道の多彩な自然の恵みに魅了される一方、エゾシカが害獣として駆除されているとの実態を耳にした。
そこで「新たに建物を建設し資源を消費するのでなく、あるものを活かしていくことが国際企業の使命の一つではないかと考え始めた」と同社。その後、道内でエゾシカの生態や駆除後の処理等、実地調査を行ったところ、現時点で十分な利活用がされていないエゾシカの角をどう有効活用し遊休施設の新たな活用をどう考えるかが地域との共存共生に役立つと思うようになった。昨年8月には視察のため順天堂関係者が当麻町を訪れ同年9月には早速「研究拠点として使用したい」との打診があった。当麻町の地域資源を活かした食育や木育、花育などの政策にも「我々の考えと合致」と共感し合弁会社の立ち上げに舵を切ったという。
大阪のコンサル、愛知の貿易会社と合弁会社
合弁会社の「Kanoco」(カノコ)は順天堂を軸として「地域創生」「共存共生」「サイクル」を基本理念に掲げ大阪市のコンサルティング会社㈱ハイサム技研および愛知県大府市にある貿易会社KIYOMIZU GLOBAL BUSINESS㈱3社で今年6月に設立した。この本社機能と製造拠点を町有の旧北星小学校に置くため10月、使用契約を当麻町と締結している。
当麻町役場講堂で行われた締結式には村椿哲朗当麻町長、カノコからは順天堂の荘武璋総経理(社長)、KIYOMIZUの清水哲児代表取締役、ハイサム技研の範本文哲代表取締役が出席。村椿町長は今年7月、台湾の順天堂本社を視察した際の印象について「なぜ、世界に認められ事業拡大して創業77年を迎えることができたのか、深い感銘を受け理解できた」。旧北星小学校で取り組むプロジェクトを通じ雇用創出や町の知名度アップ、交流人口や関係人口などの拡大につながり、「パートナー企業として新たな価値の可能性を追求していただきたい」と語った。
ハイサム技研は医薬品をはじめ、化粧品、健康食品のGMP(適正製造規範)および品質保証に関する現場指導ほか専門書籍の出版、許認可申請の支援等を行うコンサルティング会社。古くから製薬製造管理などで台湾との技術交流を有する。一般医薬品の輸出支援、健康食品の開発も手がけている。KIYOMIZU社は2018年5月に、㈱清水工業所の国際事業部を独立法人化して設立した総合貿易専門会社だ。清水工業所は食品や生薬原料の加工に使用される特殊ファインバブル発生殺菌装置、微粉砕機ほか脱気装置等を開発・製造して販売するほか食料品や日用品の輸出入業務も行っている。中でもミクロン粉砕機など粉砕技術は様々な分野で運用されており、国内外で一定の評価を得ているという。
合弁会社「カノコ」は三社がそれぞれ持つノウハウや知見を強みとして、エゾシカの角を使用した生薬原料および健康食品の製造販売を行っていく。エゾシカの角を健康素材とする機能性成分解析に関する研究活動をはじめ、国際交流などにも努める。エゾシカは現在、自然や生態系のバランスを崩す〝害獣〟として駆除されているが、三社が目指すのはエゾシカの角を恵みとして有効に活用できる事業を通じた共存共生だ。「Kanoco」の「Ka」は「鹿(鹿の子)」、「co」は「Coexist(共生)、Co(一緒に、共に)」などの意味を持たせている。
中国最古の薬物書にもシカの薬用価値が記載
エゾシカを含むシカの角には滋養強壮効果があるとされ、中国最古の薬物書「神農本草経」にも、その薬用価値と健康効果などが記載されている。「漢方医学の視点から見ると、シカは体の28以上の部位が薬用資源として利用できるとされており、全身が宝である」といった具合だ。さらに「シカの角を原料とする漢方薬は『補腎陽』『補腎精』といって身体を温める作用、子どもの発育を助けたり、筋肉や骨を丈夫にしたりする作用」があることを指摘。「疲れ・不妊症」対策にも好ましいともされる。
しかし一方で、温暖化の影響で生息域が拡大し自然淘汰されず越冬する個体が増加して、農作物などに深刻な影響を及ぼしているのはシカの難点。道内のエゾシカも同様で推定生息数は2021年度時点で約69万頭に上り、環境省と農林水産省としては捕獲体制を強化したい考えだ。こうした背景を踏まえ、カノコは道内のハンターや食肉加工会社など地域のネットワークを通じて原料を調達し、国内外のネットワークによる研究開発に注力していく。
当麻町から無償で借り受けて基本的には工場として利用することになる旧北星小の改修費と施設整備費は総額1億~1億5000万円を見込む。工場ではエゾシカの角を10センチほどの大きさに刻んで煮詰め抽出した成分を乾燥させて機能性食品の原料にする。工場にはカフェや機能性食品の展示販売コーナーなども設け交流の場にしたい考え。廃校を拠点とした地域創生をヘルスケアのリーディングカンパニーがどのように進めていくのか注目したいところだ。
「旧北星小学校の記憶を大切に、いつまでも皆の交流の場でありたい」。これはカノコが本社及び製造拠点として稼働するにあたり信条にしている思いでもある。児童数の減少等により2003年3月に94年の歴史に幕を閉じた北星小。最後の運動会では全校17名の児童が胸を張って堂々の入場行進を行い、校旗や年度ごとの優勝旗などが観る者に映え、よさこいソーランの踊りをはじめ、さまざまな競技に地域の人たちと共に全力を尽くした姿が伝えられている。
「思い出をありがとう 光り輝け 北星小」とは、今でも校舎に掲げられている「閉校のテーマ」だ。その最後の校長を務めた林佑次校長(当時)は、記念誌にこう綴っている。「たとえ学校はなくなったとしても在校生・卒業生を問わず、子供時代を過ごした懐かしい思い出は、きっと、全員の胸に永遠に織り込まれ、光り輝いていくことでありましょう」。そんな林校長をはじめ、校長室には威厳と教育愛にあふれる歴代校長の肖像写真が飾られ「北星の進む道をみつめている」(林佑次校長)。
校舎の前には北星小のシンボルとされた2本の赤松が見守るように立つ。閉校の現実とも向き合い、再生される地域の拠り所。この廃校を拠点にどんな地域創生が図られるのか、その道行きも2本の赤松が見つめている。