吉田病院で何が起きたのか?

 いま、日本で最も有名な民間病院は「慶友会吉田病院」だろう。12月7日までに187人が新型コロナウイルスに感染。吉田良子理事長が行政や旭川医大を批判する異例の声明も全国的な注目を集め、前例のない自衛隊への災害派遣要請も決まった。しかし、旭川市内で有数の規模を誇る民間病院である吉田病院で、なぜここまで大規模なクラスターが発生したのか。不運な面もあったとはいえ、判断ミスや対応の不備で初動に失敗したのは確かだ。吉田病院の事例は、今後の感染症対策に貴重な教訓を残したともいえる。生々しい内部証言も得て、吉田病院での感染拡大の経緯を振り返る─。

理事長補佐は感染症の専門家
 慶友会吉田病院では、いまこの瞬間も医師・看護師を中心とするスタッフが、目の前にいる患者の命を救うために懸命な努力を続けている。最初の感染者が報告されたのは11月6日。以来、一度も休みを取れず、疲労困憊した体、極度に緊張した心理状態で働き続ける看護師もいる。
 外と人の出入りがある限り、新型コロナウイルスに感染するリスクをゼロにすることはできない。吉田病院のような大型の施設の場合、少人数の感染は時間の問題だったと言える。高齢の入院患者、しかも基礎疾患がある人が多いというこの病院の特性も影響した。しかし、本誌が取材した吉田病院外部の医師は例外なく、初動が完全な失敗だったとの見方を示し、「初動の段階で適切な対応ができていれば、吉田病院でも、その後の厚生病院でも、ここまでの事態にはならなかった」などと異口同音に語る。
 基幹病院ほどではないにせよ、吉田病院はコロナに対応する上で好条件も備えていた。まず、理事長補佐を務める呼吸器科の医師は現在も旭川医大の名誉教授を務め、呼吸器センター教授、感染制御部のトップを務めたこともあった。
 吉田病院には感染管理の認定看護師も在籍している。感染拡大防止のための専門的な知識や技術を備えたプロフェッショナルだ。こうした状況から吉田病院はコロナ対応に自信を持っていたのか、患者数に応じた補助金を政府から受給できる発熱外来を11月から開始していた。その準備に集中するあまり、病棟内の感染リスクへの対策を怠っていたのか、との疑問が沸く。

表紙2101
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コロナ禍が招く「大廃業時代」

 市民に親しまれた「旭川健康ランド」が閉館。タクシー会社「すずらん交通」は、業績回復が見込めないとして従業員54人を解雇し休業に入った。名寄市の「村上自動車」も11月末日で従業員を解雇し廃業した。新型コロナウイルス感染拡大で経済活動が停滞し、休廃業が相次いでいる。「大廃業時代が迫っている」との、企業信用調査機関の予測が不気味だ。

利用者回復せず
 30年にわたって親しまれた旭川市春光の「旭川健康ランド」が11月いっぱいで閉店した。近隣住民、町内会、企業の利用も多かっただけに惜しむ声は多い。「浴槽がいくつもあり泉質もいろいろで、中では漢方薬湯が私はとくに気に入っていた。休憩施設もゆったりしていて食事のメニューは豊富で美味しかった。閉店は本当に残念だ」(60代の男性市民)
 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、旭川健康ランドは4月に一時休館し、5月になって営業時間や館内サービスを制限して再開。7月からは24時間営業に戻した。落ち込んだ利用者は回復傾向にあったが、浴場だけの利用が多く、主力の宴会や宿泊客は戻らなかった。設備の更新時期を迎えていたこともあって運営する㈱アサヒHLでは「営業継続は厳しい」と閉館を決断した。11月末で営業を終了し、従業員約50人は解雇となった。

旭川健康ランド
 市内銭湯の経営者が話す。「コロナで経済活動が停滞し業績が落ち込んでいる企業や商店が多い。経済的な不安から風呂代も節約傾向で、市内の銭湯の利用者は2割強減っている。知り合いの大型温浴施設のスタッフに聞いたところでは〝コロナ前に比べて来場者は3割位減っている〟とのことで、銭湯同様に経営は苦しくなっている。永山にある温浴施設『大雪乃湯』も年明け1月に閉館するようだ」
 コロナ感染拡大の影響はタクシー業界にも及ぶ。旭川市春光にある老舗のタクシー会社「すずらん交通」は11月16日、従業員54人に対し同日付で解雇通知書を送付した。
 タクシー37台を運行していた同社は、新型コロナウイルス感染拡大の影響から売り上げが大幅に減り5月から休業していたが、経営が成り立つ売り上げ数字への回復が見込めないと、従業員の解雇を決断した。ただし、再開も視野に入れ「廃業ではなく、しばらくの間休業」としている。
 新型コロナ感染拡大が本格化した2月下旬以降、旭川市内のタクシー事業者は売り上げ減に悩んでいる。個人タクシーの運転手は「4月が底で夏以降回復してきた。以前の7割程度まで戻った感じがしていたが、11月に入って吉田病院、厚生病院とクラスターが発生したことで乗客が再び減少。さんろくなど夜間の利用は特に減った」と苦渋の表情で話す。
 北海道運輸局によると、コロナによる利用者減少で廃業した道内のタクシー事業者は11月中旬現在で法人2社、福祉タクシー2社、個人1人。また、休業している法人は5社で、個人は41人に達している。

忘年会消える?
 道北一の歓楽街、さんろくは師走に入って忘年会などでにぎわいを見せ始める時期だが、週末になっても人影は少ない。
 飲食店の女性経営者はこう嘆く。「GoToなどの影響もあって夏以降、少しずつ客足は戻っていた。10月に入って旭川でも新規感染者が増え、新聞やテレビで報じられると客足がピタッと途絶え、数日たつとボツボツ戻るくり返し。しかし11月以降は一気にさんろくを訪れる人がいなくなった。飲み会を禁止している会社も多いようで、会社員が顔を出さなくなった。高齢のお客さんは感染を怖がって飲みにこない。〝今年は忘年会をする会社はない〟 とも言われているし、年の瀬を乗り越えて来年も営業を続けていられるかとても不安だ」
 企業の信用調査を行う「東京商工リサーチ」が11月19日に全国の企業を対象に緊急の「忘・新年会に関するアンケート」を実施した。
 有効回答は1万0059社で、そのうち何と9割の企業が「忘・新年会は開催しない予定」と答えた。
 北海道を少し詳しくみると、有効回答は589社。「昨年開催し今年も開催」としたのは6.79%にあたる40社にとどまり、。「昨年は開催したが今年は行わない」が71.14%、419社に達し、「昨年も今年も開催しない」が21.90%の129社もあった。
 「昨年開催、今年不開催」「昨年も今年も開催しない」を合わせると実に93%、548社に達する。緊急アンケートの結果からは、コロナ感染拡大が続く今年は、師走の風物詩・忘年会が歓楽街から消滅してしまう、飲食店経営者にとって空恐ろしい事態が予想されるといえそうだ。
 女性経営者が続ける。「いっそのこと、国や道が休業支援金を伴う休業要請をしてくれた方が助かる。年末年始は飲食店にとって最大の稼ぎ時だが、収入はなくなり支援は得られないとなればさんろくで閉店、倒産が相次ぐ」。

経営マインド下降
 道北の企業倒産は2011年9月から9年余り、ひと桁台で推移してきている。経営規模が縮小する状況下で、積極的な投資を避けて身の丈にあった企業経営が続き、金融機関もこれを支えてきた。
 新型コロナウイルスが猛威を振るう状況下でも、政府の資金繰り支援策があることで多くの企業が踏みとどまっているが、しかし、倒産として集計されない休廃業・解散は、全国で今年1月から10月までの間に4万3800件をカウントした。すでに昨年の4万3300件を超えており、近年最多の18年4万6700件をも上回っている。旅行や飲食業が目立つが、小売業や建設業も増えてきた。
 旭川健康ランドが廃業した11月末日、名寄市の老舗自動車整備業「村上自動車工業」も事業をストップさせた。無借金経営で健全性を維持してきたが、コロナ感染拡大で新車市場・中古車市場共に縮小が見込まれることから「余力のあるうちの事業休止」に至った。コロナ終息が見えず、経営者が事業を続ける意欲を失う〝コロナ廃業〟の増加〟が危惧される。

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吉田病院「2億5000万」診療報酬返還の情報

 本誌が医療法人社団慶友会(吉田良子理事長、旭川市4条西4丁目)を舞台にした、職員勤務データの改ざんを生々しい内部文書とともに伝えたのは今年3月号。記者が慶友会のコンプライアンス意識に疑問があると指摘してから半年後、今度は慶友会の中核ともいえる吉田病院本体で、看護師の配置をめぐり虚偽のデータを当局に提出していた疑惑が浮上している。本誌の調べによればその背景にある要素のひとつが、現在の看護部長による看護スタッフへのパワハラ行為。「このままでは私たちの愛した吉田病院が破壊されてしまう」といった悲痛な叫びも聞こえてくる。(記事は11月7日現在)

いないはずの看護師 勤務表に名前が…
 本誌が入手した、1通のメールがある。日付は昨年11月5日、差出人は慶友会吉田病院人事課のスタッフ。宛先は看護部長と数人の看護師長。内容は以下の通りだ。

所属長各位
 2019・8厚生局用シフトが完成いたしましたので、ダミーのシフト表作成をお願いいたします。
 作成手順としては前回と変更ありませんが、エクセルシートの表記についてまとめましたのでご確認ください。
 不明点・変更した方が良い点などありましたらご連絡ください。よろしくお願いいたします。
人事課 N

 補足すれば、本文にある「厚生局」とは北海道厚生局のこと。厚生労働省の北海道における出先機関であり、道内における医療行政の総元締めだ。「厚生局用シフト」がどのような意味なのかは、本誌が別に入手した表から明らかになる。
 次頁に示した表は吉田病院1・2階ナースステーションにおける昨年8月の勤務状況をまとめたもの。左端の列には所属する看護師・准看護師の名前が並ぶ。ところが、このうち看護師の最後の3人は、1・2階のナースステーションには所属していなかった。この表はすでに改ざんされており、実態のない看護師の勤務がでっち上げられていたのだ。本誌は、この部門で他の月に、また他の病棟で行われた同様の改ざんを示すデータも確認した。

看護職員の夜間配置加算
 勤務表の改ざんと聞いて連想されるのは、長時間残業の隠ぺいや時間外手当の減額だ。しかし、医療現場で働く看護師の勤務表の改ざんには、「看護職員夜間配置加算」の獲得というまったく別の意味があった。
 医療現場の重労働が問題視されて久しい。とくに深刻なのは夜間、入院患者に対応する仕事。夜勤看護師の数は限られているのに、患者から頻繁にコールがかかり、また容体が急変する患者もいるために、看護師は疲れ切ってしまい、それが看護師不足の一因ともなっている。
 こうした医療現場の状況を打開するために導入されたのが「看護職員夜間配置加算」。夜間に一定以上の人数の看護職員を病棟に配置した場合、医療報酬を上乗せするしくみだ。
 吉田病院では、この加算を獲得するために勤務表を偽造して厚生局に提出した可能性がある。
 しかし、狙い通りにはいかなかった。厚生局がデータの内容に疑問を抱き、昨年12月に監査に入り、看護師の出勤・退勤時間、病棟での個々の患者にどの看護師が対応したのかを示すより詳細なデータを提出するよう求めた。しかし、こうしたデータまでは用意しておらず、結果的に嘘が露呈してしまった。
 厚生局は今年1月、吉田病院に対して加算分の返還を命じた模様。本誌には複数の人物から返還額について「2500万円」「3600万円」「5000万円」「6000万円」「2億5000万円」「4億円」といった情報が寄せられたが、複数のニュースソースに確認したところ、このうち「2億5000万円」である可能性が大きいようだ(厚生局は監査の有無を含め、個別事案に関する情報の公開を拒否している)。
 メールの文面からも明らかな通り、実際にダミーのシフト表作成、つまりデータの偽造を行ったのは看護部長と、その指示を受けた部下たちだった。本来なら病気やケガの患者を世話する立場の看護師たちは、本来の職務からかけ離れた「ダミーのシフト表」作成を指示された時に何を感じただろうか。
 「看護職員夜間加算」は、看護職員の待遇や労働条件を改善することを目的で支給される報酬。病院が人を実際に確保することなく申告だけ提出し、病院の収入を増やそうとしたと知ったら、第一線で働く看護師たちの思いは複雑だろう。
 監査の結果、夜間の看護師不足が明らかになった吉田病院では、急きょ夜間の看護師増員を迫られた。しかし、そう簡単に新しい人材は見つからない。人員配置を満たすため、管理職である看護師長までもが夜勤をしている現状がある。
 夜勤看護師を内部で増やすため、待遇面の見直しも行われ、夜勤できる看護師が優遇され、できない人は相対的に不利となった。しかし、吉田病院は子育て世代を手厚く支援していることをアピールしながら看護師を募集してきた。子育て世代は夜勤が困難で、こうした夜勤者優遇の改革には戸惑いが広がっている。
 なお、厚生局の監査を受けた経緯やその結末について、吉田病院では社会に対する公表はもちろんのこと、院内での公式な説明も行っていない。それが、医師や看護師をはじめとするスタッフの間の憶測を呼んでいる。もちろん、データ偽造の片棒をかつがせたことへの説明や謝罪もない。
 看護師からは、看護部門のトップである看護部長への不満も噴出している。データ偽造を当局に指摘され、加算の返還を求められ、昼間の勤務が相対的に不利になるかたちで待遇が見直された以上、看護部長からの説明や謝罪があってしかるべきだというのだ。
 こうした行為を、医療現場に近い看護部長のトップが発案したとは考えにくい。にもかかわらず、看護部長に対する不満の声が出ているのは、看護部長によるパワハラ行為がかねてから行われ、不満が病院内に充満していたのが原因だという。

パワハラ対策部署 対応に乗り出さず
 情報源の秘匿のため詳細な内容は明らかにできないが、看護部長に関して本誌には次のような情報が寄せられた。
・怒りだすと手がつけられなくなる
・気に入った人間だけを重用し、気に入らない人間を、人格を否定する言葉を使ってまで追い詰める
・部下に対する好き嫌いが激しく、それが病棟の扱いにも影響する
・気に入らない医師の悪口を長時間、部下に聞かせる
・パワハラの標的となった部下が心身の不調を来たし、病院での受診が必要な状態になった
・パワハラが原因で退職を余儀なくされた人もいる
 吉田病院では院内にパワハラ相談窓口を設けている。被害者からの相談を受けて、看護部長に対しては口頭で注意が行われ、再発を防止するために看護副部長ポストが復活して2人が就いた。しかし、その後も他の看護師の前で特定の人物を厳しく叱責しつづけるなどの行為は続いている模様だ。
 現在、吉田病院の経営陣に重用されているのが、金融機関出身の理事長補佐。相談を受けた理事長補佐は、聞き取り調査などは行ったものの、この問題が正式にハラスメント委員会に提出されることはなかった。「職員満足度調査」なるしくみもあるのだが、寄せられた声がパワハラ防止に活用された形跡はない。
 現看護部長の前任者は、病院創設者で前理事長の吉田威氏(故人)の信頼が厚く、副院長も務めた人物。看護師たちからも尊敬を集めており、それだけに看護師たちが「落差」に感じる絶望感は大きい。
 現看護部長は教職の経験は長いものの、医療現場での経験がそれほど豊富ではない。医師と衝突することもあり、看護師からは次のような声も上がっている。
 「私たちは吉田病院で誠心誠意、医療に取り組み、患者さんに尽くしている。しかし、このまま看護部長によるパワハラや偏った采配が続くと、組織が崩壊してしまう」
 こうした院内の空気は、経営にも悪影響を及ぼす。看護師は、資格と一定の経験があれば転職が比較的容易な職種。元同僚の間などで情報交換の機会も多く、勤務先に関する情報は素早く拡散する。
 個々の看護師の立場から言えば、一人でも多くの看護師が来てくれた方が仕事の負担は減るはず。吉田病院は看護師を紹介してくれたスタッフに1人あたり10万円を支給しているのだが、ある看護師は本誌に直言した。
「知人や家族の看護師をいまの吉田病院に誘うことなどとてもできない」
 なお、本誌では厚生局による監査、パワハラの有無などについて書面で吉田病院に取材を申し込んだが、期限までに返答はなかった。

返還しても困らない?
 本誌が同じ吉田病院の健康診断部門「予防医療センター」を舞台に行われた労働時間データの改ざんと、2月3日の労働基準監督署による立ち入り調査を報じたのは今年3月号だった(調査に基づき、元職員への未払い残業代の支払いも行われた模様)。そして今回の看護師勤務表の改ざん。両者には、金銭の支払いの根拠となる重要データの改ざんという共通点がある。
 しかし、ここで疑問を抱く人もいるはずだ。吉田病院の経営が危機的状況にあるならともかく、病院、予防医療センター、そして多くの老人福祉施設を抱える吉田病院は、他の民間病院と比較して経営的に有利な条件を備えているはずであり、危ない橋を渡る理由が思い浮かばない。
 医療業界に詳しい人物が、一般論と断った上でこう指摘する。
 「財務面の不安がなければ、診療報酬の返還を命じられたとしても余裕で支払える。リスクを負える体力があるなら、危ない橋を渡る気にもなるのではないか」。
 吉田病院のウェブページに掲載された医師のリストを見ると、旭川医大関係者が目立つ。中には理事長補佐という重要ポストを占めている名誉教授もいる。この記事で紹介したデータの偽造に医師が関わった形跡はないものの、以前に本誌が伝えた状況も考えあわせれば、吉田病院のコンプライアンス体制に不備があるのは確か。勤務先の病院でのこうした行為を座視しているようでは、旭川医大の名誉にも傷がつく。
 11月6日には吉田病院で新型コロナウイルスのクラスターが発生した。いま、看護師を含むスタッフは拡大防止策や治療に奔走している。彼らが医療の最前線で能力を最大限に発揮するためにも、気持ち良く働ける職場環境が必要だ。

表紙2012
この記事は月刊北海道経済2020年12月号に掲載されています。

青少年ICTパーク1月オープン

 コンピューターゲームを競技として楽しむ「eスポーツ」。その拠点施設「青少年ICTパーク」(仮称)が来年1月にも、旭川市中心部の国劇跡(3条通8丁目)にオープンする。プログラミング教育とeスポーツが今後どう連動し、相乗効果を発揮していくのか、新たな展開も期待できそうだ。

「コクゲキ」で実証実験  ワクワクする仕掛けを
 昨年6月発足した道北eスポーツ協会(事務所はスガイディノス旭川)は「eスポーツは多くの人が親しむことのできるスポーツ・競技。場所を選ばず行え広い北海道にマッチし今後成長すると予測され、大きな可能性を秘める」と期待。昨年8月にはイオン旭川西で北海道大会旭川ブロック予選と位置づけ、人気のプログラム「太鼓の達人」などを用いて開催した。
 IT業界で全国的にも注目される旭川プログラミングコンテストの実行委員を中心に構成される「旭川のeスポーツを考える会」(下村幸広代表)では昨年12月、市民活動交流センターと「旭川eスポーツ講演会」を共同開催。教育先進国のノルウェーで体育の授業で採用されている状況が映し出され、他のフィジカルスポーツと異なり性別や障害の有無、体力、体格の差が成績に影響しないなどの特徴も紹介された。
 こうした流れを背景に、旭川市やNTT東日本、大雪カムイミンタラDMO(観光地域づくり推進法人)がコンソーシアム(共同事業体)を結成し、来年1月にオープンするのが「ICTパーク」だ。道内で官民が協力してeスポーツの競技場に取り組むのは初めての試み。総務省の実証実験として、高速・大音量の第5世代(5G)通信システムで、特定の建物や敷地を範囲とする「ローカル5G」を用いたイベントも行う。
 ホテルカンダが入居する国劇跡のビルの元映画館(3、4階)を改修し約200席からなるeスポーツ競技場「コクゲキ」を開設。タテ3㍍横5㍍サイズの大型発光ダイオード(LED)モニターを設置し、東京・秋葉原にあるeスポーツ施設のエグゼフィールドアキバと結び、プレーヤー同士が遠隔で複数対戦できる。
 ビルの1階にはプログラミング教育などを遠隔で行うことができるトレーニングルーム(約100平方m)を設ける。実証実験はNTT東日本が応募し受託が決まったもので受託額は1憶3000万円。市は5300万円を予算計上し、大会運営費や関連機器の整備費にあてる。実証実験は来年3月までだが、通信施設はそのまま使用でき、ICT(情報通信技術)関連の人材を育てる考え。
 ICTパークのオープニングセレモニーでは、式典に続いて、西川将人市長と中高生とのエキシビジョンマッチ等を予定。運営主体となるDMOは今後、「ワクワクするような仕掛けづくりを行っていきたい」としながら、eスポーツを通じた企業対抗戦等を企画している。当面はオンラインと併用で開催する見通しだが、eスポーツの大会を毎月、継続的に開催。「にぎわいを創出し、人が行き交う場にしたい」と意欲的だ。

〝旭川モデル〟10周年学生対抗eスポーツも
 このICTパークにもトレーニングルームとして確保されるのが、「プログラミング教育」の場。IT業界で注目を集めるのが〝旭川モデル〟と呼ばれる「旭川プログラミングコンテスト」だ。16歳以下を対象としICTエンジニア養成を目的に実行委員会形式で開催。会場では運営スタッフによるインタビュー付きのユーモアあふれる実況中継を交え、熱戦が展開される。
 今年度から新学習指導要領により小学校の学習カリキュラムに導入した「プログラミング教育」に先行して行われたこともあり〝旭川モデル〟として注目を集めた。同様のしくみで釧路や函館、札幌、帯広でも地方大会がこれまで開かれてきた。道内にとどまらず、長野や山梨、和歌山、岐阜、福岡といった全国各地でも旭川モデルが活用され、旭川市はプログラミング教育での先進都市として評価されているという。
 そしてコンテスト開始から今年10周年を迎え節目の開催となったが、新型コロナウイルス感染防止のため通常と異なり、オンラインで文化の日の11月3日に開催。会場となったイオンモール旭川駅前店では、コロナ対策を施しながら実施された。実行委員長を務める小川博・東海大教授は「このコンテストのプログラミングが物事のアルゴリズム(計算する手続き)と、作品制作がプレゼンテーションの基礎力を養ってきた」と歩みを振り返る。
 一方、eスポーツでも新たな企画がイオン旭川駅前で始動する。〝旭川をeスポーツの拠点に〟と呼びかけ12月19、20の両日、「道北学生対抗eスポーツ大会」と銘打ち開催。フードコートでは5Gの技術展示も行う。
 プログラミング教育のメッカともされる旭川に、さらにeスポーツの拠点としての要素が加わる。プログラミングとeスポーツ。この二つが両輪となって今後、様々な効力を発揮する原動力となるのもICTパークの働きしだいと言えるであろう。

表紙2012
この記事は月刊北海道経済2021年12月号に掲載されています。

東京の金融コンサルが美瑛で羊飼い

 金融関連事業を主力とし、農業法人を傘下に置くトゥルーバグループホールディングス(本社東京)が、美瑛町内に系列会社を設立した。担い手不足や高齢化といった問題を抱える国内農業に、これまでも法人化という手法を持ち込んできた。美瑛では「びえい和牛」で知られるファームズ千代田と協力して羊を生産し、東京にある系列の飲食店で使用する予定だという。

列店の食材確保
 10月14日に設立された法人の名称は「トゥルーバファーム北海道㈱」、住所は美瑛町春日台で資本金は300万円。代表取締役には志波和佳氏が就任。会社の目的には、「農産物の生産、加工及び販売、農産物の貯蔵及び運搬、畜産物の製造、加工及び販売」といった事業を営むことや、これらの事業を営む会社などの株式を所有することといった記述がある。
 トゥルーバファーム北海道の住所は、番地を含めて㈱ファームズ千代田と同じ。フ社のアブガンドロージン・アバラゼデ社長がト社の取締役に名を連ねている。両社に取材を申し込んだところ、志波氏が電話取材に応じた。
 「我々はグループ内で居酒屋を経営している。その店で食材として使う羊を、美瑛で生産する。とはいえ、我々にはその技術がない。たまたま知り合いだったファームズ千代田が羊を飼育していることを知り、まずはお願いすることにした」
 ウェブページによれば、トゥルーバグループは東京・神田でそば居酒屋「創」を今年8月にオープンさせている。美瑛で生産された羊肉はこの店に送られるようだ。
 志波氏によれば飼育の規模は繁殖用の羊が40匹程度。1匹の母親から通常は年1頭、双子が生まれることもあり、毎年50頭程度の生産を見込んでいる。外部への販売は行わず、全量をグループ内で使用する。品種はサフォークやポールドーセットとなる見通しだ。
 日本国内で消費される羊肉の大半は豪州産とニュージーランド産。北海道でもここ数年、羊肉を生産する動きが拡大しているが、道内のジンギスカン店も大半の肉は輸入品だ。その最大の理由は価格差。国産の羊肉は割高で、高級レストランに需要が限られる。しかしト社では、グループ企業で生産した羊を直接仕入れることで中間コストをある程度圧縮できると考えているという。
 たしかに、輸入品が当たり前の羊肉について「国産」をアピールすれば、消費者に対する訴求効果は大きい。しかし、それなら他社が生産した食材を仕入れても同じこと。志波氏は「自社で育てたことを強調したい」と、グループ会社をあえて設立した理由を説明する。

モンゴル出身社長
 ト社と協力するファームズ千代田は、先代の高橋洋美社長(現名誉会長)の父が戦後間もないころに入植して創業。昭和40年ごろから肉用牛の生産に着手した。2004年には和牛の母牛を導入したが、これに合わせてモンゴル出身のアバラゼデ氏が招かれた。以来、高橋氏と二人三脚でファームズ千代田で牛の管理に当たり、現在はアバラゼデ氏が社長として経営している。
 日本、とくに道北のような地方で外国出身の企業経営者は少数派であり、なかでもモンゴル出身者の社長就任はまれ。しかし、いまから20年以上前に来日してから獣医学の研究に携わってきたアバラゼデ氏は肉牛生産を主力事業とする企業の社長として「適材」の人物だった。ちなみに牛肉はモンゴルの主要な輸出品のひとつだ。
 同社のウェブページには主要な事業として銘柄「びえい和牛」の生産、ふれあい農場の経営、ファームレストラン千代田、千代田家畜人工授精所の経営などが並んでいる。
 一方のトゥルーバはどんな企業なのか。中核となる持ち株会社、トゥルーバグループホールディングス(HD)同社のウェブページによれば、社名は「True Value Added」(真価創造)に由来する。第一勧銀(現みずほ銀)出身者が2003年設立。日本国内ではいち早く動産担保融資(Asset Based Lending、ABL)に取り組み、M&A、フィンテックなどにも進出した。
 「不動産については鑑定士がいるのに、在庫や売掛金といった動産については、鑑定士が存在せず、評価の方法も確立していなかった。そこで我々が、在庫品や売掛金を評価し、金融機関に対して評価書を出す事業を始めた」(志波氏)
 金融関連のカタカナ文字がずらりと並ぶ主要な事業内容の中で目立つのが、2017年に設立した100%出資の子会社「トゥルーバアグリ㈱」。この企業のウェブページには「『農業』を『農産業』にすべく、法人を主語にしたアグリビジネスを推進します」との目標が掲げられている。具体的には大分で黒毛和牛の放牧繁殖事業、佐賀での「園芸と畜産、物販、飲食等の複合事業」などを展開しているという。

新手法持ち込む?
 道外企業による多額の資金を投じた農業経営としては、神内ファーム21(空知管内浦臼町)が有名。戦後間もないころに根室の原野で農場経営に挑戦して失敗したものの、その後、消費者金融会社「プロミス」を興して大企業に育てた神内良一氏が、若き日の夢を実現するために1997年に設立した企業だ。130億円とも言われる巨費を投じて高級な肉牛、羊、野菜、マンゴーなどを大規模に生産してきたが、2017年に神内氏が死去したことを受け、全株式が「こてっちゃん」で知られる兵庫県の食品加工会社、エスフーズ㈱に売却されたものの、今も浦臼町での事業を継続している。
 また、外食大手のワタミグループも農業に進出した企業。一時は異業種参入が長続きするかどうか疑うむきもあったが、現在も全国各地で農場を経営するなどしている。
 ト社が設立した新会社は資本金300万円と規模が小さく、当面はグループ内の居酒屋に商品の供給先を限定する方針。しかし、そもそも各地で農業に進出した背景には、担い手の減少と高齢化といった日本の農業が抱える問題がある。今後、こうした問題を解決できる経営手法や資本を抱える本州資本の道内農業進出が増える可能性もある。

表紙2012
この記事は月刊北海道経済2021年12月号に掲載されています。

空港民営化で部品の1円売却続々

 旭川空港が完全民営化され、空港ビルと滑走路の管理・運営がHAP(北海道エアポート)に移管された。旭川市の財産である空港の備品も売却譲渡されたが、売却された34品のうち23品の価格は何と「1円」。取得価格が5000万円を超えるスノースィーパー(除雪車)などもあるが、なぜこんな破格の値段となったのだろうか?

34の物品売却
 道内にある新千歳のほか、旭川、帯広、函館、稚内、釧路、女満別の七空港は管理が、国・市・道と分かれていたが、これを新たに設立された民間会社が一括管理することで、観光客の誘致や滑走路の維持管理などで効率化を目指す。
 2年ほど前から本格的な検討が始まり、昨年10月には道が出資する第3セクター・北海道空港を主体とする新会社「北海道エアポート」(HAP)がこれら7空港を一括管理・運営することが決まった。
 これを受け、今年1月からは全7空港のターミナルビルの運営はHAPに移った。ただ、滑走路の維持管理は、専用の機材などが必要なため、段階的に行うことになっており、新千歳が最も早く6月1日からスタート。旭川は2番目で10月1日からの本格運営となった。残る5空港については来年3月からのスタートとなっている。
 乗降客が利用する旭川空港ビルについては、2017年秋から49億円をかけて国際線ターミナルビルやフードコートを増改築。国際線の待合室やロビーを2倍に広げ、年間50万人の受け入れが可能になっている。管理が新会社のHAPに移行しても支障はない。
 一方、滑走路の維持管理は、専用の各種機器、機材が必要になる。これまでは市が管理していたため、それらはすべて市が所有していたが、10月からはHAPが行うことになったため、同社に売却されることになっていた。
 それらのリストは7月下旬にHAP側から示され、市では8月下旬に仮契約を結んだ。そしてそれら34の物品を税込み価格1億5950万円で売却することを、9月10日に開会した第3回定例市議会に提案した。

3億円の消防車も
 議案によると34の物品の内訳は、空港用ホイールローダー3台、スノースイーパー8台、空港用ロータリー除雪車3台、除雪グレーダ2台、空港用除雪トラック4台、空港用化学消防車2台などと記載されているだけで、詳細については書かれていなかった。
 このため、議案審議のために設置された補正予算等審査特別委員会で、共産がその個別の内容と売却価格を示すよう資料を要求。すると、なんと23品目が「1円」となっていたことが明らかになった。

表紙2011
この続きは月刊北海道経済2020年11月号でお読み下さい。

藤本壮介氏 3つの計画が進行中

 東神楽町出身の世界的な建築家、藤本壮介氏が参加する3つの計画がいま、東神楽町と旭川市で進められている。いずれも既成概念を覆す建物となりそう。藤本氏が大阪・関西万博で重責を担うこともあり、この地域に注目が集まるきっかけとなりそうだ。

風景と共に弔う
 藤本壮介氏の傑作のリストに新しい作品が加わった。フランス南部、モンペリエの集合住宅「l’Arbre Blanc」。地上17階の建物からあらゆる方向にバルコニーが突き出し、名称が意味すうる「白い木」のようにも見える。
 現地の自治体は7年前に建築遺産となるタワーの建設を決定。コンペで選ばれた業者が藤本氏に協力を依頼。約3年の工事を経て昨年5月に竣工したこの建物の独特の外観は、「センセーショナル」と評された。
 藤本氏は東神楽町出身。1971年に生まれ、旭川東高を経て東京大学で建築を学んだ。現在では「日本の中堅建築家のトップ」との呼び声も高く、その名は世界でも有名だ。
 いま、その藤本氏が参加するプロジェクトが3つ、東神楽町と旭川市で進行している。第一に、東神楽町の町役場、図書館、診療所、文化ホール(新設)などを円形の回廊で連結する「複合施設」。回廊の外側には環状の並木も設けられる予定。
 2つ目は、東神楽町が東川町、美瑛町と形成する大雪葬祭場組合の大雪葬祭場整備事業。築40年間が経過した現在の施設を建て替える事業だ。施設の基本設計・実施設計について公募型プロポーザルの募集が行われ、その結果が8月28日に発表された。応募した3者の中から選ばれたのは㈱藤本壮介建築設計事務所(東京都)と㈱アイエイ研究所設計(旭川市)などの共同体だった。
 公開されている提案書によれば、藤本事務所などのチームは「建築ボリュームを最小限にし、各部屋の開口部から風土に根差した樹木や花々の大小の庭、眺望とプライバシーを守る伸びやかな丘が広がる。遠景には大雪山や十勝岳連峰など(中略)町のどこにいても見守ってくれる風景とともに弔う構成とする」デザインを提案した。
 提案書上の画像では、直線的な建物と、道路からの視線を遮る緩やかな丘が向き合っている。一昔前の「焼き場」の陰鬱な印象はない。葬祭場は2022年度の着工、翌年の稼働を予定している。

地球に優しい動物病院
 3つ目は、緑の森どうぶつ病院豊岡病院(豊岡5条5丁目)の建て替え。このプロジェクトで藤本氏はデザイン監修・設計指導の役割を担い、設計と施工は㈱橋本川島コーポレーションが担当する。
 緑の森どうぶつ病院の企画室長、本田リエ氏にとり、初めて知った藤本氏の作品「球泉洞休暇村バンガロー」(2008年)は衝撃的だった。「final wooden house」(最後の木造建築)と名付けられたその建物は350ミリ角の杉材を積み重ねた四角い建物。壁のところどころには角材が切り取られてできた開口部がある。内部にはイスにもベッドにもテーブルにも使える階段状の空間が広がる。開口部からは周囲の森や球磨川の流れが見える。
 「当時、東京では六本木ヒルズやお台場の欲望を満たす建物がもてはやされていました。快適を追求するのではない、『家とは何か』を問いかけるような藤本さんの作品を見たとき、涙が自然に流れました」
 現在は旭川市の旭神(センター病院)、大町、札幌市中央区に拠点を展開する緑の森どうぶつ病院だが、出発点となったのは1997年、他の獣医師からの「富沢獣医科病院」の事業継承だった。その後、「緑の森どうぶつ病院」に名称を変更。2003年に旭神病院がオープンしてから、豊岡の拠点は「豊岡病院」として診療を継続してきた。
 しかし、建物が老朽化したことから改築を決断。本田リエ氏は今年5月に藤本事務所に連絡を取り協力を要請。これまで交渉を重ね、藤本氏の参加が決定した。
 本田氏からは、開放感があり、犬と猫の診察室を別々にする、環境に優しい木造建築とするなどの要望が藤本氏サイドに伝えられた。一連の要望を受けて藤本事務所がまとめた案は独創的。まず目を引くのは道路に面した側に設けられた温室のような空間。木の枠にはガラスがはめ込まれているが、外からは建物内部が、内部からは外が見渡せる。この空間に待合室、受付、犬用診察室、猫用診察室などが設けられる。その奥の壁と屋根で囲まれた部分にはトイレ、X線室、スタッフルームなどがある。
 藤本作品の多くを特徴づけるのが、建物の内と外の関係性。建築物は内と外が明確に区別するのが一般的だが、藤本氏は開口部などを通じ両者を巧みに連続させてきた。「final wooden house」や大雪葬祭場の延長線上に、豊岡病院もあると言えそうだ。
 「私たちはいま、地球や社会にもやさしい動物病院を目指してSDGs(持続可能な開発目標)を推進しています。ペットたちが望む心地よい場所とは、コンクリート製でもビニール製でもないはず。新しい豊岡病院は、『どうぶつがどうぶつらしくある場所』を目指します」(本田リエ氏)
 新しい豊岡病院は現在の建物の解体後に着工。来年2月から3月にかけて完工する見通し(工事中も隣の建物で診療を継続する)。今後、詳細を詰めなければならない部分も残されており、設計変更の可能性もある。

丹下健三も担った重責
 今年7月、藤本氏は2025年大阪・関西万博の「会場デザインプロデューサー」に就任した。SNSを通じて「1970年大阪万博で丹下健三さんが務めた重責。人々の記憶に残るような新しい万博の風景を作り上げたいと思います」と抱負を語る。その藤本氏がほぼ同時並行で参加する3つのプロジェクトに、世界も注目している。

表紙2011
この記事は月刊北海道経済2021年11月号に掲載されています。

田舎の店の生命線・松屋食品の奮闘

 かつて日本の流通・物流に欠かせない一環だった問屋。流通の激変で地方の小規模な問屋は急減したが、松屋食品㈱(旭川市3条通11丁目、鈴木英之社長)は、道内各地の「田舎町」に散らばる小さな小売店に少しずつ商品を販売するビジネスで生き残った。スーパーのない町、コンビニに行けない人の買物を支える「ライフライン」だ。

早くから新顧客開拓
 オホーツク海に面した町にある小さな店に、不定期でワゴン車がやって来る。旭川から運転してきた男性らが車から下ろして店内に運んだのはインスタントラーメン、飲料、缶詰などの商品だが、数量はそれほど多くない。いま、このような店が新たに仕入れ先を探すのは不可能に近い。
 かつては問屋が並んでいた旭川市3条通11丁目の3・4仲通側に松屋食品はある。取り扱っている商品は缶詰、乾物、飲料など(生鮮食品や酒は扱っていない)。10年ほど前からは菓子もレパートリーに加わった。かつて、旭川市内にはこうした食品の問屋も、冒頭で紹介したような小規模な小売店も数多くあった。あらゆる分野で問屋が激減し、旭川市内を本拠とする小規模な食品問屋はほぼ松屋だけとなった(大手スーパーやコンビニなどと取引する大手問屋の出先は存在している)。
 一方、小さな小売店も旭川では激減。松屋食品がいまも存続しているのは、イトーヨーカドーが旭川に進出した1980年ころから流通のあり方が将来激変すると予測して、市外の小規模な小売店を新たな取引先として開拓してきた結果だ。

ばら売りに対応

左から二人目が鈴木社長
 松屋の従業員は鈴木英之社長のほか4人。社長を含む営業マンが方面別に分担して取引先を巡って注文を集め、その2日後にワゴン車による商品の配達が行われる(営業が配達することもある)。前日夕方、ワゴン車の荷室に積み込んだ荷物は取引先20~30店分。それが1日の配達で済むのだから、1店あたりの商品の数は多くない。
 通常の食品問屋はばら売りの手間を嫌い、1箱、1ダースといったまとまった数量でないと取り引きしてくれない。しかし、賞味期限への社会の目が厳しくなったこともあり、売れ残りは小売店の損につながる。わずかな数量から納品してくれる松屋食品は、小売店にとりありがたい存在だ。
 鈴木社長は最近、旭川市内に本拠を置く食品関連の問屋の社員から、こう持ち掛けられた。「富良野市内の某小売店に、うちではもう卸さないことになった。松屋さんが代わりに納品してくれないか」。スーパーやコンビニなどの小売店が大規模なチェーンを展開しているいま、納品はトラックで一度に大量に行うのが当たり前。個別の店舗ではなく、小売店側の物流拠点に納品することも多い。この問屋の立場から言えば、わずかな商品を納品するために数十キロもトラックを走らせるのは割に合わない。それなら多数の店に少しずつ納品している松屋食品に任せたほうがいいという判断だ。松屋食品から見ても、顧客が増える「Win─Win」の提案だった。鈴木社長はすぐに提案を受け入れ、富良野市内の小売店との取引を開始したという。

スーパーで仕入れ
 松屋食品の納品先は広い地域に散らばっている。西は日本海岸の浜益、南は岩見沢と江別の間あたり。東は紋別などオホーツク海沿岸、北は遠別。芦別・赤平・歌志内といった旧産炭地にも取引先が多い。こうした町の一部では中心部にスーパーが存在するが、取引先の多くは町の中心部からやや外れた地域にある。
 納品先の一つが空知管内歌志内市にある㈲マルサ酒井商店。昭和30年代、まだ炭鉱のまちが活気にあふれていたころから続くこの小さな店を、酒井雅勝さんは母親とともに営んでいる。現在、市内にある小売店は2つのセイコーマートと酒井商店だけ。スーパーや他の小売店はすべて閉店してしまった。
 かつては個人客を相手にしていた酒井商店だが、人口の減少で現在の売り上げの8割は市内の老人施設、病院、給食センターなどへの配達が占める。個人客は2割だけで、その半分は近所から歩いて来るお年寄り、残りの半分は電話で注文を受け、酒井さんが配達する。「経営が成り立っているのは施設向けの商売があるから」と、酒井さんは語る。
 昔は滝川や砂川の問屋から仕入れていたが、多くが廃業してしまった。

年金では足りない
 地方の小さな店の経営状態は、道北や北海道全体が直面する経済状態の苦境を象徴している。苦境の第一の原因は人口の減少。道北(上川・留萌・宗谷管内)の人口は平成元年の74万5000人から令和元年の59万8000人と、約2割減少した。とくに仕事や教育機会を求める若者の大都市圏への流出が顕著で、都会への転居が難しい高齢者の比率が高まっている。その中には車の運転が難しい人もおり、地域での買い物が不可能になれば、日常生活にも支障をきたす。
 鈴木社長は、地方の小規模小売店が経営を続けているのは、やめるにやめられないからだとみる。「自営業の人は国民年金。仕事をやめれば収入は1人5万円程度しかない。それでは生きられないから、わずかな収入のために店を続けている人もいるはず。昔は儲かった店でも、当時から老後に備えて蓄えていたところはまずない」。零細企業全体に共通する事情だが、借金を返す見通しが立たないため、やめたくてもやめられないという店も少なくないはずだ。
 同時に、小さな小売店の関係者や松屋食品の社員の心には、買物難民を出したくないという熱意がある。商品と一緒にそんな熱意を積み込んで、今日も松屋食品の車両は走り続ける。

表紙2011
この記事は月刊北海道経済2021年11月号に掲載されています。