慶友会吉田病院を労基が立ち入り調査

 道北における有力な民間医療機関のひとつ、医療法人社団慶友会(吉田良子理事長)。その「予防医療センター」に2月3日、労基の立ち入り調査が入った。本誌は同センターで、残業時間を書類上、別の月に繰り延べる行為が行われたことを示す文書を入手。こうした行為は旭川労働基準監督署も把握している模様だ。慶友会は2012年にも労基から是正勧告を受けており、改めてコンプライアンス意識が問われている。

健診は開院直後から主要事業
 国道39号を当麻に向けて走ると、左側に医療法人社団慶友会吉田病院の予防医療センターが見えてくる。かつて自動車ディーラーが置かれていた建物は、大きなガラスとカーブした壁面が特徴的だ。しかし、利用者はここまでやって来るわけではない。健診車(レントゲン機器などを搭載したバス)と、医師や看護師などのスタッフが旭川市内はもとより、札幌にある拠点も経由して全道各地の企業、団体、施設などに向かい、健康診断のサービスを提供している。同センターに所属する健診車は12台。健診事業を手掛ける道北地域の民間病院としては圧倒的な存在だ。
 慶友会のホームページに掲載されている「グループ沿革」によれば、吉田威氏(故人)を病院長とする吉田病院が31床規模で開院したのは1981年12月のこと。翌年4月には健康診断事業がスタートし、5月には健診車を初めて導入している。現在、グループの3つの主要な事業は旭川市4条西4丁目の吉田病院が担う「医療」、予防医療センターを中核とする「保健」、そして社会福祉法人慶友会が営む特別養護老人ホーム・老人保健施設・グループホームなどの「福祉」。グループ沿革からも、保健が発足当時から現在に至るまで重要な柱であることがわかる。
 予防医療センターの健康診断では、利用者が医師の診断、体重や血圧などの測定のあと、健康維持のためにアドバイスを受ける。職場での健康診断の場合、社員の健康に大きな影響を与えるのが労働時間だ。月100時間以上の残業を強いられている人の心身に深刻な悪影響が及び、生命すら脅かされるおそれがあることは、近年発生した数々の労災事案により社会に広く知られるようになっている。健康を守る立場にある慶友会の予防医療センターなら、そのあたりは熟知しているだろう。
 その慶友会予防医療センターで2月3日朝、労働基準監督署による立ち入り調査が行われた。2人の係官が訪れ、昼休みを挟んで夕方まで職員の労働時間などに関するデータを調べた。係官は同センターが職員たちに対して行った健康診断の結果にも注目している模様。本誌が入手した文書によれば、同センターは一部の職員に月100時間以上、残業させていたことがあるだけでなく、勤務時間に関するデータを改ざんした疑いがある。
 記者の手元に1枚の表がある。縦軸方向には職員の番号と氏名が並び、横軸方向には平成31年4月、同5月、令和元年6月、同7月の記入がある。表の中の数字はその月の各職員の残業時間(休日出勤含む、以下同じ)の長さ。中には月95時間、月92時間、85時間に達している人もいる。こうした長時間労働に従事している人の中には、女性の名前もあり、職員の健康を考える上で望ましくない状況であることは素人の目にも明らかだ。
 とはいえ、どんな職場でも多忙な時期はあるもの。予防医療センターの場合、健診が比較的多い年度の前半に作業量が集中する傾向があるという。

残業約40時間を別の月に振替え
 信じがたいのは、下の表にある4行の記載だ。「(実名)さん、5月分116:05だったため内39:40後月へ」といった記述が4人分ある。5月、6月には4人すべてについて各100時間を超える残業時間が発生したことから、そのうち三十数時間から五十時間弱を7月以降の月に繰り延べた、という意味だと思われる。
 残業をなかったことにするのはもちろん「アウト」だが、一部を繁忙期から閑散期に繰り延べて分散するのは労働基準法第24条の定める「全額払いの原則」に反する。「職場ごとに締め日は決まっていて、それをベースに出勤日数や時間外労働の長さを算出することになります。その分について給料日に全額を支払わなくてはなりません」と、ある社会保険労務士は説明する。
 残業代の不払いはよく報じられるが、残業時間を他の月に繰り延べる行為は、許されないとはいえよくあることなのかとの問いに、この社労士は苦笑する。「普通の企業は残業時間を書類上操作するのではなく、作業そのものを他の月に振り分けて平準化するものです」
 本誌が別に入手した2枚の文書には、文書Aにも登場する職員の名前が記載されている。文書Bには毎日の出勤・退勤時刻(朝7時半ごろから深夜0時30分まで勤務している日もある)、残業時間などが記録されている。「過重労働時間」(超過労働時間の意味と思われる)の合計は文書Aにある修正前の数値と同じ100時間以上。一方、文書Cの出勤・退勤時刻からは、健診車とともに出向いた先での勤務を終えた職員が、事務所に戻った後で従事した仕事の時間が丸ごと消されており、結果的に文書Aの記述通り、「過重労働時間」が70時間強に減らされていた。改ざん前の文書Bに上司の印鑑はないが、改ざん後の文書Cには、予防医療センターのトップである部長のシャチハタ印が押されており、残業や休日出勤に対する手当の支給や当局に対する届け出は文書Cに記されたデータに基づき行われたと推定できる。
 ここでは職員1人についての資料を比較したが、記者は他に2人の職員について、同様の操作が行われていることを示す文書も確認した。朝6時20分から夜9時30まで勤務したデータが丸ごと空白になるなど、より大胆な操作も行われていた。

目標2億円アップ 人手不足は解消せず
 慶友会グループは創立から約40年。この地域における他の有力民間病院よりも後発だとはいえ、それでもこの地域を代表する民間病院の一つとしての地位を確固たるものにしている。なぜその慶友会が、職員の時間外労働に関して不適切な処理を行わなければならないのか。関係者の話から実情が浮かんできた。
 まず、グループ全体で見た収益率の低下だ。他の病院と同様、医療法人社団慶友会もまた保険診療では収益を上げることが難しくなっている。一方、健康保険とは関係の薄い健診事業は、努力と工夫次第で儲かる余地があった。病院は病気になった人が来るのを待っていなければならないのに対して、健診事業は企業や団体、学校など契約が見込める相手に積極的にセールスをかけることで売り上げ増が見込めるためだ。健診事業に力を入れた結果、ピーク時の2016年には健診部門だけで年商約12億円、利益2億円を確保し、グループの健診事業に対する依存が深まった。その後、機器の更新や、健診事業を専門に手掛ける全国的な団体との競争激化で収益はやや悪化したものの、それでも慶友会にとり有望な事業であることに変わりはなかった。
 慶友会グループの成長を維持するために立ち上げられたプロジェクトチームは2018年、健診事業の強化、とくに帯広での新拠点確保を通じた十勝圏の開拓という目標を定めた。予防医療センターでは2年計画を想定していたものの、それが前倒しされ、急きょ、18年の暮れから拠点の物件探しが始まった。帯広市内のコンビニ跡に白羽の矢を立て、大急ぎで契約を結び、5月の大型連休に旭川から連日スタッフを送り込み、連休中にはなんとか体制を整えた。
 また、法人本部から予防医療センターは年間売上2億円アップのノルマを課された。積極的な営業活動で新規顧客の獲得には成功したものの、慢性的な人材不足が続き、本来なら旭川でデスクワークに就いているはずの人員が全道各地での健診の現場の応援に駆り出され、土日に旭川に戻ってたまった仕事を消化する状況が続いていたとの情報がある。
 ただ、こうした状況は長時間労働の原因でもあり、結果だとも言える。看護師や技師などは資格と経験さえあればどの医療機関でも働けるため、業界内での流動率が高く、情報の拡散も早い。長時間労働の情報が広まれば、人材の募集は一段と難しくなる。

標準報酬月額の膨張防止が目的?
 残業時間の分散には、制度的な動機があったと考えられる。毎年4~6月に職員に支払う報酬は、「標準報酬月額」の算出ベースになり、同年9月から翌年8月の健康保険・厚生年金の額に影響する。逆に言えば、毎年4月~6月の残業代を他の月、たとえば健康診断では比較的業務量が少なくなる秋以降に先送りすれば、標準報酬月額を抑制することで、その後1年間、雇用者の負担する健康保険・厚生年金関連のコストを節約できる。もちろん、こうした行為は職員への正当な報酬の支払いや、健康保険・厚生年金の公平なコスト分担の観点から許されるものではない。
 もう一つの動機になった可能性があるのが、残業代割り増しの回避だ。時間外労働については賃金を25%以上、上乗せすることが義務付けられているが、月60時間を超える残業については、通常の1.5倍の割増賃金を支払わなければならない。ということは、残業時間が分散されて60時間を超過する部分が減れば、職員が受け取るべきだった割増賃金が減る。この規定は、中小企業については今のところ実施が免除されているものの、慶友会は職員数や資産規模から大企業とみなされ、適用対象となる。
 この記事で紹介した一連の行為は、労基も立ち入り調査の前から把握していた模様。同署は本誌の取材に対して「個別の案件については取材に応えられない」との立場をとるが、慶友会については過去に是正勧告を行ったこともあり、驚いてはいないはずだ。

2012年にも労基から是正勧告受ける
 いまから8年前のこと、健診のため地方に向かった慶友会の車両が事故を起こして、職員が骨折した。これをきっかけに長時間労働の疑いに注目した労基が調査を行った。2012年5月31日付けで慶友会の当時の理事長に向けて発せられた是正勧告書には「労働者に、時間外労働に関する協定の上限を超えて、1日8時間、週40時間以上の労働を行わせていること」など5項目の問題点が列記されている。これらの問題についてはその後、是正が行われたと考えられるが、根本的な体質の改善までには至らなかったようだ。
 なお、こうした問題について本誌では慶友会に質問を送付したが、回答はなかった。

表紙2003
この記事は月刊北海道経済2020年03月号に掲載されています。
この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!