彼女は約束の場所に約束した時間ぴったりにやって来た。「私です」と言うかのように小さく頭を下げた。旭川市内の公園で2021年3月、凍死体で見つかった市立中学2年の広瀬爽彩(さあや)さん(当時14)がいじめを受けていたとされる問題で、いじめに関与したとされる当時中学生だった女性(20)が7月22日、本誌の単独取材に応じ、「私が一番年上なのに流されて止めることができなかった。情けない」と現在の心境を語った。今事案が社会的に認知された2021年春以降、彼女が一連の出来事について報道機関の本格的な取材に応じたのは初めて。爽彩さんが凍死体で発見されてから4年半─。彼女は、どのような気持ちで日々を過ごしてきたのか。

初印象は「おとなしい」 よく絵を描いていた
第三者の立ち合いの下、旭川市内で彼女に相対した。
旭川市教育委員会の第三者委員会と遺族の求めに応じて今津寛介旭川市長が設置・諮問した再調査委員会の両調査報告書に彼女は仮名で記述され、何度も登場してくる。
第三者委員会の調査報告書には「D」と、再調査委員会の調査報告書には「K」と表記された。
それが真実かどうかが判然としないまま、彼女はこの旭川女子中学生凍死事件のいじめの首謀者(リーダー)的存在として社会トレンド(潮流)となった。本当にそうなのか?
彼女が爽彩さんに会ったのは2019年4月だった。爽彩さんが旭川市内の中学校に入学して間もなく、市内の公園でのことだ。
同じ中学校に通う存在で、爽彩さんは中学1年生、彼女は3年生だった。「スマホのゲーム仲間を通して、爽彩とは(実際に会う前から)ラインでやりとりした記憶があります」
学校を終えると彼女は、よくその公園に行っていた。ほぼ毎日のように。彼女は、この公園で爽彩さんと出会う。
「おとなしそうな子だな、と思った。絵を描くのが大好きで、いつもスケッチブック、色鉛筆を持ってきていました」。爽彩さんの第一印象を彼女は、そう語る。
彼女と爽彩さんは、互いに約束を交わすでもなく、その公園でほぼ毎日のように顔を合わせた。「家に帰りたくない」「塾に行きたくない」「学校にも家にも居場所がない」。爽彩さんが嘆くのを彼女は何度も何度も聞いた。
「〇〇さん、〇〇さん」。爽彩さんは、彼女を慕うようになっていった。おとなしそうな子─。最初に抱いた印象は、少しずつ変わっていく。

