のどから手が出るほど欲しいハイテク分野の投資。千歳など道央圏にのみ巨額の資金が流れ込み、道内の他の地域には微々たるお金しか落ちない状況の下、「2億米ドルを投資する」と申し出る企業家が現れれば、期待したくなるのが人情というもの。問題は、台湾でこの企業家が業務上横領などで何度も有罪判決を受けているということだ。

「冷涼な気候に注目 最大4棟のAI施設」
「朋思富(AIとハイパフォーマンスコンピューティングを中核とする北海道で初めてのデータセンター建設だ。旭川市永山に1000坪(3300平方メートル)ほどの土地を購入しており、2026年までに約2億アメリカドルを投資する計画。将来的には、運営状況および市場の動向を見極めながら、敷地内には最大4棟のAIデータセンター(大規模なAIモデルのトレーニングと推論を含む多くのコアなシナリオにサービス提供するアカデミックデータセンター)など拡張建設する構想を抱いている」
「旭川市内にAIデータセンターを設立する理由として朋思富(楊雋佑会長)は次の5つを挙げる。地理的優位性と交通の便では「近代的な国際空港を有し台北市との直行便も運航。国際的な投資家や技術者の往来に非常に便利な立地」
「旭川は地震や洪水などの自然災害リスクが極めて低く高可用性データセンターの建設に最適な場所」
「冷涼な気候の旭川は自然冷却(フリークーリング)に適して、サーバー冷却や空調にかかるエネルギーを大幅に削減できる」
実は、本誌も、明らかにされた構想に疑問をはさむことなく、こうした内容の記事を掲載する予定で動いていた。アジアの経済犯罪に詳しい人物から人づてに本誌に連絡があったのは、本誌が9月号発刊に向けた作業を一通り終えた8月9日のことだった。
延々と続く判決リスト
「楊雋佑の前歴を旭川の人は知らないのか?」
本誌に寄せられたウェブページのアドレスには、長いリストが付いていた。
▽2024年台中地裁決定「債務者朋思富實業は債権者〇〇に135万元を払え」
▽2022年台中地裁判決(民事)「被告楊雋佑と〇〇は原告〇〇に20万元を払え」
▽2020年3月台中地裁判決(刑事)「文書偽造で禁錮1ヵ月」
▽2019年台中高裁判決(左記裁判の控訴審)「控訴人の控訴を退ける」
▽2018年台中地裁判決(刑事)「業務上横領で禁錮1年2ヵ月」…
誌面の都合上、到底紹介しきれないが、他にも民事上のトラブル、無免許での税理士業務請負など、幅広い「活躍ぶり」がリストから浮き彫りになった。
IT先進国としての地位を確立した台湾。TSMCやNVIDIAといった半導体メーカーに注目が集まりがちだが、実はインターネットを活用した情報公開でも日本の先を行く。「楊雋佑」という名前を検索したところ、刑事・民事裁判の判決書を網羅したサイトに表示されたのが前出のリストだった。
ただし、楊雋佑氏の「名誉」のために付け加えれば、これまでの行いを見る限り、この人物は「巨悪」と呼ぶには値しない。判決で支払いを命じられた金額は多くても日本円で数百万円程度。詐欺をめぐる刑事裁判の判決書には、被告人となった楊氏が被害者との間で「月3万5000円(日本円で約18万円)を20回に分けて払うことで和解した」との記述もある。
ちなみに、朋思富の資本金は30万元(約150万円)。2億ドルを動かせるような企業家ではない。
台湾の経済新聞に市長との2ショット
その楊氏は7月に旭川を訪れて前述した構想を含むAIデータセンターの建設に向けた覚書を旭川市と結んだ。仲介した議員は「楊氏が直接連絡してきたのではない。台湾で活動する、大手企業の元社員を名乗る人物の仲介だったから信用したのだが…」と困惑する。
楊氏の狙いはなんなのか。旭川市や市内の企業となにか契約を結んだわけではなく、日本人や日本企業がだまされるとは考えにくい。
しかし、台湾国内での報道ぶりから、楊氏の狙いがある程度見えてくる。台湾を代表する経済新聞の「経済日報」のウェブサイトは7月27日、「朋思富が旭川市を手を結び北海道で初めてとなるAIコンピューティングセンターに関する覚書を交わした」と報じた。楊氏と旭川市長が覚書を手に左右に並ぶ写真も掲載されている。
同じく経済日報のサイトには、今年4月22日に滋賀県大津市でもデータセンターを建設に向けた覚書を交わしたとの記事が出てくる。
こうした報道が、投資家からの資金集めに役立つのは間違いない。そのプロジェクトにどれほどの実現性があるのか、一般の個人投資家にはよくわからない。
こうした手法は台湾に限った話ではない。2018年、旭川市1条通に面したオフィスビルに仮想通貨のマイニング施設を建設する計画を東京の企業が発表したのも、現実的な裏付けがあったわけではなく、もっぱら投資家からの資金集めが目的だったと思われる。
「1%でも高い投資利回りはないか」と新たな資金運用手段を探し求める投資家の心理を狙い、良からぬ輩が現れる。「このまちでハイテク事業を立ち上げてくれる投資家はいないだろうか」との地域経済界、自治体の期待に乗じる輩は、今後も現れるかもしれない。

