昨夏以降の価格高騰に伴う〝令和のコメ騒動〟は、政府の備蓄米放出などによって沈静化しつつあるが、政府と消費者それぞれに重い課題を突きつけ、自省と新たな制度設計を促したともいえる。「コメの価格はどれぐらいが適正なのか?」「コメ生産の持続可能性をどう担保する?」といった論点に加え、双方のバランスをどう取るかが問われている。消費者の多くが熱望する高騰前のコメ価格への回帰は、乱暴な表現をするなら、コメ生産者を生かさず殺さず的に首輪をつけるような減反(生産調整)政策に支えられていた。「『適正価格』には何の興味もない!」。そう言い切る農業法人の代表者を訪ねた。

40代5人で法人設立 田んぼ100ヘクタール
2025年7月22日、旭川市東鷹栖地区─。白い花(おしべ)を咲かせ終えた稲穂が生産者の労苦に報いるかのように穂先を垂れ、夏風にシャリシャリと乾いた清涼感あふれる音色を奏でていた。
2022年2月に立ち上げた農業生産法人「フロントライン」(代表・中谷仁さん)の田んぼ─。東鷹栖地区でコメ生産を担う中谷さん・角直俊さん・稲場純也さん・開田優作さん・髙見章太さんの計5人が、「ゆめぴりか」「ななつぼし」を中心に100ヘクタールのコメを栽培する。いずれも40代の若手生産者だ。
2024年産の1俵(60キロ)あたりの平均価格は2万5000円前後とみられている。
「本音で言えば、2万5000円(1俵・60キロ)は、バブルですね。いっときのことだと思っています」。中谷さんは、昨夏以降続くコメ高騰をそう受けとめる。一過性にすぎない、と。
戦時中に始まった食糧管理制度とその後の食糧法下において、大多数のコメ生産者が一番潤ったといえる騒動でもあった。
北海道のコメ生産者は、つらい歴史を抱える。明治政府から統括を任せられた開拓使庁は、寒冷地の北海道は栽培に不適と判断し、一時期コメ作りを禁止した。北空知管内に入った屯田兵ら開拓民は、明治政府に隠れてコメを作った。北の防人(さきもり)の矜持とともに、国の主食を担いたい、というコメづくりへのやむにやまれぬ渇望があったかと思える。
道内のコメ生産者は栽培に汗を流すが「北海道のコメはまずい」の風評がはびこり、一時は「やっかいどう米」とも揶揄された苦い歴史を持つ。今では「きらら397」を皮切りに品種改良が進み、日本穀物検定協会の食味ランキングで「ゆめぴりか」など複数の品種が「特A」に輝くなど、国内有数のコメ産地の地位を確立・維持している。
だが、品種改良によって消費者に喜ばれるコメを生産できるようになった一方で、懐具合は比例してこなかった。
1万~1万3000円では「作る人いなくなる」
60年ほど前の1965年、日本人が1年間に食べるコメの年間消費量は100キロを超えていたが、2015年には半減する。日本人はコメを食わなくなった。
総務省の家計調査によると、2011年の1世帯の年間支出額はコメが2万7428円に対し、パンは2万8318円と調査開始以来初めて逆転した。日本人のコメ離れ(食の欧米化)は加速し、核家族化・単身世帯が増え、コメを炊かない生活習慣が浸透する。加えて1999年のコメの輸入自由化で安価な外国産米が市場に出回り、国産のコメは値崩れしていく。
全国米穀取引・価格形成センターのデータによると、1993年産米の1俵あたりの平均価格は2万3600円で、90年代は2万1000円を上回る水準が続いていた。物価全体の上昇よりもコメの価格の上昇幅が大きい状態が続いた。だが、2000年ごろをピークに下落に転じる。
農協などの出荷団体と米卸売業者との売買取引価格(相対取引価格)を見ると、2021年産の平均が1万2800円ほどだ。「長年、1俵あたり1万円~1万3000円台が続いていました。これじゃ……。ようやく数年ほど前から若干値上がり傾向で、それでも1万5000円前後ですかね」(中谷さん)
10数年前、道内有数のコメ産地・北空知管内のある農協を取材した際、米穀担当者が「今年は(売買取引価格が)1万円いくかどうか……」とため息をつく場面に幾度も接した。
「前のよう(1俵あたり1万円~1万3000円)に戻ると、もう主食であるコメを作る人がいなくなりますよ」。中谷さんは、消費者が求め、一部メディアが報じる昨春ごろまでの「適正価格」と称する小売価格5キロ2千円代前半に回帰することは、コメ生産の持続可能性を否定する、との考えを示す。
「(1俵あたり)1万円~1万3000円のコメにみんな(消費者)が慣れてしまった」。この価格で何とか少しでも利益を出そうと四苦八苦し、汗を流してきた、と中谷さんは語る。こうも続けた。
「昔の価格に恐怖感じる」
「これまでコメは安すぎた、と思います」。1俵あたり1万円~1万3000円なら、育苗ハウスの維持に伴う資材費やトラクター(田植え機・1000万円ほど)・コンバイン(稲刈り機・2000万円ほど)のメンテナンス費・定期の更新費用などを考慮すると、コメ生産者にとっては作れば作るほど赤字になる、と中谷さんは言う。「昔の価格に戻ることに恐怖を感じます」
誰も赤字になる仕事をしたくはないだろうし、させたくないと考えるのが自然だ。「子どもに農業を継いでくれとはとても言えない」。記者はこれまで多くのコメ生産者から幾度も聞いてきた。農業生産者の高齢化は全国的傾向で、今では60代で若手と言われるほどだ。
「JAたいせつ」によると、東鷹栖地区のコメ生産者戸数は年々減り続けている、という。それでも2003年には350~400戸ほどがコメ栽培を続けていた。今は、およそ3分の1の107戸までに減った。「年間10戸ほどが離農します」(JAたいせつ)
離農に伴う農地は、多くの場合が地元の農業委員会からの斡旋を受けて地元の若手生産者らが受け皿となり、耕作放棄地にならないよう努めているが、もはや限界にきている、という有識者の指摘もある。
農業関係団体などの公的機関は、家族経営の限界を20ヘクタールとしているが、道内生産農家の多くがこの限界面積をはるかに超えているのが実態だ。
中谷さんらも同様にメンバーそれぞれが家族経営に限界を感じ、高齢と担い手がいないことを理由に離農する人の農地の受け皿となり、道内有数のコメ・穀倉地帯である東鷹栖の農業・農地を守りたい、との思いで法人を立ち上げた。「法人を立ち上げて力を合わせ効率的に農作業することで、生産コストを抑え収益を上げることができます」。中谷さんら5人は、経済的に豊かになれる農業環境を次の世代につなげる夢を抱く。それは、そのまま農業の持続可能性の追求ともなっている。
いくらなら、生産者は納得できるのか?
「1俵あたり2万円以上なら希望が持てます」
5キロ3000円ほど 消費者は理解して
売買取引価格が1俵あたり2万円ほどであれば、スーパーの5キロ販売価格は2千円台後半ほどだろうか。
「5キロで3000円前後の価格を消費者のみなさんには理解してほしい、と願っています」と話し、中谷さんはこう続けた。「本来は、段階的にコメの値段が上がっていくべきだった。コメの価格は上がるどころか、下がり続けてきたんですから」
政府が随意契約で備蓄米の放出を決めた今年6月以前は、道内大手スーパーの銘柄米5キロの販売価格は4千円台前半だった。7月中旬には3500円代にまで下がった。これでも高い、と感じる消費者がいるのは事実だ。5キロで3000円台はあり得ないという思いなのだろう。
「1俵あたり2万円以上であれば希望が持てるというのは、燃料費や資材費の高騰に対応できるということ。将来のトラクターやコンバインを更新するための蓄えもできます。消費者にも2千円台後半で手が届くと思うんですよ」。1俵あたり2万円なら希望が持てるという、その希望とは、次の世代に農地とコメづくりを引き継いでもらえる、持続可能性を担保できる数字という意味だ。
「1俵あたり2万円が適正価格ということですか」。記者が問うと、中谷さんが少し語気を強め、吐き捨てるように言った。
「適正価格」って何? コメ生産者の自尊心
「『適正価格』に自分は何の興味もない!」。後日、激して放った言葉の真意をさらに問うと、こう返ってきた。
「今まで自分たちは国に(農政に)口をはさまなかった。自分たちで(コメの価格を)これぐらいにしてほしい、という声を上げてこなった」。個々の生産農家の多くは、頻繁に変わる一貫性のない猫の目農政に翻弄されてきた忸怩(じくじ)たる思いを抱えてきた、とも言える。「『適正価格』に自分は何の興味もない!」─。そう発した中谷さんにコメづくりに携わる自尊心が垣間見える。
うがった見方をすれば、これまでコメの価格なんぞについぞ関心を示さなかった世の中が、コメ高騰を機に安易に「適正価格云云かんぬん」と能書きをたれることへの憤りを中谷さんから感じた。
〝令和のコメ騒動〟で、一部の農業関係者にとどまっていたコメ価格の在り方が、社会全体で共有する機会になったことは間違いない。
東鷹栖地区に美田が広がる。無策であれば、この風景はいつしか見ることができなくなるだろう。日本人のDNAを刺激するかのようなその美田は、もうすぐ〝黄金の海原〟と化す。一幅の絵画のようなその海原は、屯田兵に始まりこんにちに至る多くの生産者の〝節くれだった指が描いたものだ〟。黄金に色づいた稲穂は生産者の労苦に報いるかのように深くお辞儀し、初秋の風に揺れると弦楽器がさざ波のように弱音を刻む美しいトレモロを奏でる。

