休館後1年半が経過し、廃墟同然になっている東川町天人峡温泉のホテル「天人閣」にかすかな動きが現れてきた。建物を所有する東京の㈱カラーズ・インターナショナルが、とりあえず日帰り温泉と土産品売り場をリニューアルし、部分的に営業を再開する意向を示したからである。地元東川町の関係者は「信用できる話なのか?」と半信半疑ながらも、静まり返る温泉街の再生に期待感をにじませている。
2度目の冬 依然放置状態続く
創業120年を超える老舗ホテル。明治の時代から旭川の名門「明治屋」が経営してきた天人閣が8億4000万円もの負債を抱えて民事再生、自己破産の道をたどるようになったのが12年前。
その後二転三転し、一昨年4月に、天人閣の従業員らによって設立されていた地元資本の㈱松山温泉(藤田幸雄社長)から、全国でホテルを展開する㈱カラーズ・インターナショナル(本社・東京港区、松本義弘社長)に事業譲渡された。
しかしこの時の事業譲渡では、建物の所有権はカラーズ社に移ったものの、国有地や温泉の使用権、実際の運営などは㈱松山温泉が担うという変則的なものであったとされ、周囲からは「経営実態が見えてこない。この態勢でうまくやっていけるのか」といった、先行きへの不安の声も上がっていた。
実際のところ事業譲渡が成立した一昨年4月にはカラーズ社の松本社長が、かつて日本ホテル協会会長を務めたこともある同社の中村裕会長とともに東川町を訪れ、松岡市郎町長や取引業者らに「地域とともに歩む天人閣の運営を目指す」などと話し、10億円以上を投じて施設の改装を行うことを言明した。
しかしその後、具体的な動きが何一つないまま、その年の冬に入った頃には屋根からの雨漏りが目立ち始めたため、建物の改修を名目に休館となってしまった。
給排水の配管設備も限界だったようで、屋根の改修と合わせ、客足の落ちる冬期間を利用して大がかりな改修工事が行われるものと思っていた東川町の観光関係者の期待をよそに、その後2度目の冬を迎えながらも建物は誰かに管理される気配もなくずっと放置されたままだった。
経営破たん後 再建の道模索
旭川の名門「佐藤家」によって、100年間にわたり安定経営を続けていたはずの天人閣だったが、08年当時には約3億円にものぼる金融機関からの借金、数千万円にも及ぶ取引業者への未払い、さらに各種税金、負担金の滞納、そのうえ従業員給料や退職金未払い問題などを抱え、もはや自力では打つ手のない状況に陥っていた。
そんな中で新たな経営企業も現れたが、引継ぎ時は予想もしてなかった多額の負債が出てきたため、やむなく自己破産の道を選ぶことになったが、その処理をする経過の中でスポンサー企業として名乗りをあげたのが登別に本社を持つ企業グループだった。
同社は新たに東川町に本社を置く㈱松山温泉を設立し、天人閣のホテルの建物や営業権を5000万円で取得し、天人閣で宿泊担当として勤務していた藤田幸雄氏を社長に据えて、老舗旅館の再生に乗り出した。これが11年4月のことだった。
しかしその年の夏には東川町が集中豪雨に襲われ、天人峡温泉に通じる道路が遮断され、天人閣も道路復旧まで休業を余儀なくされるなど、業績に影響が及ぶ事態となり、また東日本大震災で観光客の減少も重なり、かつての好調時にはほど遠い状況が続いていた。
このため藤田社長は天人閣を守るために事業譲渡先を探し、各方面と交渉を重ね、苦労の末に見つけてきたのが㈱カラーズインターナショナルだった。
カラーズ社から本誌にメール届く
カラーズ社は2013年の設立。首都圏を中心に「イーホテル」のブランドでビジネスホテルやリゾートホテルを展開し、コンサルティング・プランニング事業も行なっている。天人閣の行く末を案じていた地元関係者も「いい企業とめぐり会った」と、カラーズ社の支援体制に大きな期待を寄せることになった。
しかし、その後は大きな変化は見られなかったものの観光客の入込みも前年並みを維持しつつ、松本社長が言明した「10億円を投じて施設の改修を行う」の実行を見守る事態が続いた。
だが事業譲渡から半年間、内部的にはカラーズ社と松山温泉との間で様々な確執が生じていたようだ。事業譲渡の際の契約がどうなっていたのか外部には詳しく伝わってこないが、所有権や経営権、国有地の使用権など大きな部分で食い違いが生じていたようだ。
天人閣が休館に入って以降、何がどうなっているのか情報は極めて不足している。松山温泉の藤田社長が「まだ(カラーズ社との間で)決着がついていない」といった状況にあることを行政関係に話しているとの情報はあるが、何がどう決着していないのか詳しいことはわからない。
天人閣が〝休館〟を続けている間、本誌は2度にわたって同施設が廃墟同然になっている状況を報道してきた。また、北海道新聞でも「譲渡トラブルで休業」「再開のめど立たず」といった見出しで天人峡温泉が苦境に立つ姿を取り上げた。
そうして休館から1年3ヵ月が過ぎた今年2月下旬、本誌にカラーズ社の松本社長から突然、メールが入った。内容は「カラーズ社の代表取締役の松本です。天人閣の計画ですが、自己資金で、まずは日帰り温泉と、お土産売り場を改装して、リニューアルオープンすることになりました。よろしくお願いします」。
今回は第1段階 図面もできている
突然のメールに意外な感じを抱きながらも、何はともあれ松本社長に電話を入れ、詳しく聞いてみることにした。
松本社長は、松山温泉から天人閣の事業譲渡を受けた後、改修計画がなかなか進まなかったことについて、「安かったので買ったが、間もなく、会社の金が横領されていることがわかり、改装計画どころでなくなった」と藤田社長との間で容易ならざるトラブルが生じていたと語った。
また、トラブル発生後には「東川町の有力者5人くらいに来てもらい、とりあえず今の従業員らを辞めさせてほしい」と頼んだこともあるが、何も変わらなかったとも語り、その後は、カラーズ社が経営に乗り出した3つの新しいビジネスホテルの開業準備などで天人閣に手が回らなかったと、建物改修など事業計画の遅れを弁明した。
そして、今回突然のように本誌に連絡が入った天人閣のリニューアル計画については次のように話した。
「しばらくモメゴトが続いていたが、藤田氏抜きで松山温泉の株主らと話がついたので、計画に着手することにした。東川町からは建物を一度スクラップして新しく建てたらどうかという話もあったが、天人峡にとっても町にとっても貴重な観光資源である〝羽衣の滝〟を生かすために、とりあえず1億円くらいかけて日帰り温泉、休憩所、土産物などをリニューアルオープンすることにした。図面もできており、時期を見て工事に入る予定だ」
さらに「今回は借金しないで自己資金でやるが、お金がかかるホテル部門の改修は金融機関からの借り入れをしなければならないので、第2段階で考える」と、今回があくまでも第1段階であることを強調した。
実現できるのか 予断は許さない
こうしたカラーズ社の意向を東川の観光関係者はどう受け止めているのか。役場関係者は「カラーズ社からそんな話はまだ何も聞いていない。本当にやってくれるならありがたいことだが、これまでのこともあるのでまともに信じていい話なのかどうか」と半信半疑の様子。
実際のところ、まだ契約が成立していない国有地の借り上げや固定資産税等、諸税の未納、旧従業員への給料未払いなど、クリアーしなければならない課題が山積している。
「羽衣の滝を何とかしたい」というカラーズ社の思いがこの先、実現するかどうか、期待を込めて見守りたいが、カラーズ社としては持て余し物件であることは確か。予断は許さないというのが現実かもしれない。
この記事は月刊北海道経済2020年04月号に掲載されています。