受験生必読「英単語 記憶のためにまず忘れる」

 「うちの子は何も苦労せずにスラスラと英単語を覚えている」─そんな家庭はまずない。ほぼすべての児童や生徒が英単語の暗記に苦労し、挫折し、ラクな方法を探している。加齢とともに思い出す力が弱まっている記者は、北海道教育大学旭川校に英単語の記憶法をテーマにしている研究者を訪ねた。

小→高で5000語
 英語で日常会話をするには単語を2000~3000語覚える必要があると言われている。学校での英語の授業でも単語を大量に暗記しなければならない。新学習指導要領によれば小学校では600~700語、中学校では1600~1800語、高校では履修する科目により異なるが1800~2500語を覚えることが求められる。小中高を合計すれば最大5000語に達する。単純比較はできないが、小学校、中学校までに学ぶことになっている常用漢字は合計2136字。英単語学習の負担の重さがわかる。
 それだけに、大量の英単語を効率よく暗記する方法を探し求める人は多い。インターネットで「英単語 暗記」を検索すると、怪しげな記憶術や書籍の情報がいくつも表示される。結論から言えば、魔法のような方法は存在しない。多かれ少なかれ、苦労をしなければ英単語は頭の中に残らない。ただ、英単語の学習方法の中には、効率が比較的良いものもある。意外なことに、ある事情から効率が悪い手法を選ぶ教育者や学習者が多いという。

忘れてから覚える
 効率的に英単語を覚える方法を研究している研究者が旭川市内にいる。北海道教育大学旭川校の教員養成課程英語教育専攻で講師を務める金山幸平さんだ。金山さんは英単語を覚えるのに役立つ4つの工夫を提案する。

1 想起練習
 「apple=りんご」と書かれた紙を漫然と眺めているだけでは、記憶はなかなか定着しない。思い出すための努力が必要な状況を作ると脳に「学習負荷」がかかり、記憶が残りやすくなる。具体的には暗記シート(覚えたい部分を赤のペンで塗り、緑のシートをかぶせるとその部分が黒く隠れる文具)や単語帳などを活用して「apple」の意味を思いだそうとすれば(想起練習)、または逆に「りんご」を意味する英単語を思いだそうとすれば、学習負荷が発生する。英単語、日本語訳のどちらかを指先で隠すだけでも、効果がある。
 こうした方法で英単語を覚えたら、その効果を計るために単語テストを行うが、テストを解くために考えることもまた想起練習になる。「テストは成績を付けるためだけでなく、それ自体が学習ツールとして機能します」(金山さん)

2 テスト直後の学習
 テストは重要だが、もっと大切なのはその直後。答え合わせをして、どの単語が正解で、どの単語が不正解だったのかを区別した上で、不正解の単語を中心に再び想起練習を行うのが効果的だ。「多くの研究から、学習が最も効果的になるのはテストを受けた直後であることが判明しています」。逆に、学習→テストの順番だと、テストの点数は高くなるものの、間違った単語を意識して想起する機会がないと長期記憶には貢献しない。テスト→学習という順番が重要だ。

3 分散学習
 英単語の記憶に限らず、学習には集中学習と分散学習の2タイプがある。集中学習の典型は試験前の一夜漬け。短期的にはある程度の効果を発揮するものの、時間が経てば見事に忘れてしまうことは、多くの人が実際に体験しているはずだ。分散学習はある程度の間隔を空けてくり返し学ぶスタイル。数多くの研究から、長期記憶には集中学習よりも分散学習のほうが圧倒的に効果的との結論が出ている。注目すべきはその理由だ。「分散学習では間隔を空けることで、学習した英単語をある程度忘れる時間を作ることができます。忘れるという経験を得た上で復習を行うと学習がより効率的になります。一方、集中学習だと短期間で英単語を詰め込んだとしても、学習者が『もう完璧に覚えた』との錯覚を起こして、負荷を伴う学習をしなくなり、結果的に非効率になるわけです」。覚えるためにいったん忘れる時間が必要というのは逆説的な話だが、多くの研究結果から実証されている。

4 累積テスト
 50語の英単語を5日間で記憶し、毎日テストを行うとする(図)。学習方法Aでは1日目に単語1~10、2日目に単語11~20、最終の5日目に41~50という順番で範囲の重複なしに出題する。学習方法Bでは1日目に単語1~10、2日目に単語1~20、最終の5日目に1~50と、出題範囲を累積しながら出題する。効率が良いのはB。Aではその日に学んだ範囲だけがテストで問われるのに対して、Bでは前日までの内容も復習する分散学習が必要となり、長期記憶に貢献するためだ。
 こうした累積テストの効果を知っていれば、単語帳を使って学習する際、「今日は新出の10語を完璧に、集中的に覚えよう」よりも、「昨日と一昨日の単語も一緒に復習しよう」といったアプローチのほうが望ましいことがわかる。

即効性か長期的効果か
 こうした学習方法の効果の違いを調べる学問が認知心理学。長期記憶に貢献する学習方法については、世界中の認知心理学者が検証を行い、前述した4つの方法が望ましいことを裏付けている。ところが、教育現場では逆の手法が取り入れられる傾向がある。たとえば「学習→テスト」という順番が一般的で、テスト後の復習はなおざり、累積テストではなく、出題範囲が限定された非累積テストが行われるといった具合だ。学習者の側にも、分散学習ではなく集中学習を好む傾向がある。
 それには理由があると、金山さんは指摘する。「学習→テストという順番、集中学習、非累積テスト。いずれも早く英単語を覚えることができた、勉強したという達成感を得ることができます。教育現場で、学習効果の実感は重要です」。しかし、こうした学習では、テストが終わればあとは忘れていくだけ。効果は長続きしない。対照的にテスト→学習、分散学習、累積テストといった方法は、すぐには勉強の成果を実感できないものの、長い目で見れば効果的だ。英語学習の最終的な目標が「学んだぞ」という満足感に浸ることではなく、将来外国人とコミュニケーションを図ることだとすれば、英単語を長期的に覚えておいて、必要時に思い出し、活用することができなければ意味は乏しい。英単語を覚えるため、すぐ得られる達成感と長期的な効果のうちどちらに注目すべきなのかはいうまでもない。
 次に、前述した知見を踏まえて、金山さんが提案する英単語学習法を紹介する(例として100語の記憶を想定している)。
①100語の英単語についてテストをして(想起練習)、その都度答え合わせをしながら、間違った問題に印をつける。知らない英単語ばかりなので最初は間違えるのが当たり前。多くの人はあきらめて学習をやめてしまったり、10語に限定して完璧に覚えるなど方法を変えてしまう。あきらめず、方法を変えずに継続することが大切だ。
②間違った問題を中心に、再度想起練習(復習)を行う。
③確保できる学習時間を考えながら②を継続する。
④ある程度忘れる時間を作るため、あえて間隔を空ける。
⑤その後、もう一度①の100語のテストを行う。成績が悪いと「非効率な学習法なのではないか」と不安になることがあるが、長期的にはこの方法のほうが効率的だと信じることが重要。
⑥以上のステップを納得するまで繰り返す。
 こうした方法は英単語に限らず、他の分野の記憶にも活用できる。学校で英語を学んでいる子のいる家庭や、独学で外国語の習得や資格取得のため勉強している人の参考にもなるだろう。
 なお、④について補足すれば、どれくらいの間隔を空ければ最も効率的に記憶できるのかについてはいろいろな学説がある。その一つ「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれる理論に基づくスマホの暗記補助アプリ「Anki」が世界的に普及しているが、その後の研究で、こうした忘却曲線理論は根拠が薄いことがわかっている。
 最後にこの記事の内容を復習してみる。大切なのは想起練習で脳に学習負荷をかけること、分散学習で忘れる時間をあえて作ること、テスト→学習という順番を守ること、(1日100語など)大量の英単語を覚えようとするほうが(1日10語など)限られた英単語を完璧に覚えようとするより効率的だということだ。
 1週間後、この記事の内容をすっかり忘れていたとしても、気にする必要はないが、再読はしてほしい。

表紙2205
この記事は月刊北海道経済2022年05月号に掲載されています。
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