前学長が辞任届を提出し、旭川医大のトップが事実上不在となってから290日間。「すったもんだ」を経て西川祐司氏が4月1日、正式に旭川医大の新しい学長に就任した。空席が目立つ教授の選出、新型コロナへの対応、研究資金の確保など課題は山積しているが、その前に課題として突き付けられたのが、学長選挙で西川氏を支えた現副学長2人に関して調査委員会が認定した「不適切行為」への対応だ。ガバナンス回復を掲げる新学長の〝本気度〟が問われる。
打診後途絶えた連絡
4月1日、旭川医科大学で開かれた記者会見。この日、学長に正式就任した西川祐司氏は力強く語った。「開学以来、多くの教職員、同窓生のたゆまぬ努力によって、本学は歩んできたが、来年の開学50周年を目前に本学のガバナンスが著しく退行してしまったのは誠に残念。私たちには原点に回帰して本学を復興させる義務がある」。
注目は、大学の立て直しで中心的な役割を果たす執行部人事だった。病院長には、コロナ患者の受け入れを巡って当時の吉田晃敏学長と激しく対立して解任された古川博之氏が「復活」した(古川病院長は4月4日に記者会見を開催)。
一方、執行部入りが予測されていたのにリストに名前がなかったのが皮膚科講座の山本明美教授。昨年11月15日に次期学長を選ぶために行われた意向調査(投票)では、西川氏に14票差まで迫った(西川氏165票、山本氏151票、もう一人の候補、長谷川直幸氏が45票)。学内の融和のためには広く支持を得た山本氏を執行部に迎えるのが常識的な方法であり、山本教授も執行部の一員として西川体制を支えることに前向きな姿勢を示していた。
それなのになぜ、山本教授の名前がないのか。1日の記者会見で本誌記者が質問すると、西川学長はこう説明した。
「(山本教授に執行部入りを)打診したことはある。山本教授からは協力してやっていきましょうと言われたが、執行部に対する基本的な考え方が違っていた」。
記者は「山本教授とディスカッションして違いがわかったのか」と尋ねたが、西川学長は「必ずしも、直接のディスカッションではない」とだけ述べ、詳細な方針変更の理由は語らなかった。
関係者の証言を総合すれば、学長予定者となった西川氏が山本教授に執行部入りを打診したのは昨年末のこと。ところが、その後は何ら連絡がなかった。打診を行ったのが西川学長である以上、どんな理由があるにせよ、方針を撤回したことを事前に山本教授に説明するのが社会常識であるように思えるが、山本教授には昨年末の打診の後、人事について連絡がなく、3月31日に教職員に一斉送信された執行部の名簿を読んで、打診がなかったことにされたことを初めて知ったようだ。
調査委が不適切認定
新執行部のリスト上で、学内関係者が山本教授の「不在」と並んで注目した名前がある。奥村利勝副学長(教育、評価担当、理事を兼任)と川辺淳一副学長(研究担当)だ。奥村氏は学長選考会議の議長、川辺氏は同委員でもある。学内で新執行部の顔ぶれが明らかになったのと同じ3月31日、2人が登場する「報告」に関する情報が医大関係者の間に波紋を広げた。
本誌3月号で既報の通り、ある教員が、昨年11月に行われた学長選出のための意向調査(投票)に向けて、奥村氏と川辺氏がそれぞれ学長選考会議議長、委員として意向調査を管理する立場にあるにも関わらず、西川氏に投票するよう働きかけていたことを問題視、学内の公益通報制度に沿って届け出を提出した。学内の教職員、学外の弁護士からなる調査委員会が設置され、調査が行われてきたのだが、調査の結論である「報告」が3月31日にまとまったのだ。
その内容は公表されていないが、本誌が集めた情報を総合すれば、結論は2点に集約できる。
①奥村氏・川辺氏は意向調査対象者、つまり投票権を持つ人に対して、特定の候補者への投票を促していた。法令や旭川医大の規定に違反するものではないが、調査委はこうした行為について「不適切」との見解を示したようだ。
②通報者は、2人が山本教授に対する虚偽の情報を吹聴したとして調査を求めていたが、これについては2人がパソコンの提出を拒否したことから、また防犯カメラの記録データが消去され復元が困難であることから、客観的な情報を集めることができず、調査委としては結論を出すに至らなかった。
なお、①については本誌も奥村氏が西川氏への投票を周囲に働きかけているとの情報を得て、投票前に旭川医大に取材を申し込んでいる。11月9日、事務局から「奥村教授へのご質問については、ご質問の前提の事実は確認できませんでした」との回答があったが、調査委はこうした「事実」があったと認定したことになる。
調査委がどこまで踏み込んだ調査を行うのかについては、あまり期待していない人も多かった。事なかれ主義で「なあなあ」の結論で済ませ、新執行部は何事もなかったかのように新体制をスタートさせるだろうとの無力感も一部では漂っていた。フタを開けてみれば、調査委は2人の行為について「不適切」だと結論づけた模様。
しかし、調査委員会にできる仕事はここまで。不適切な行為や不正行為が判明したとしても、調査委員会に処分を決める権限はない。ましてや、証拠となるパソコンの提出を強制する権限もない。
「国立大学法人旭川医科大学公益通報者保護規程」には以下の条文がある。
「第11条 学長は、調査の結果、通報対象事実が明らかになったときは、直ちに是正及び再発防止のための必要な措置を講じなければならない。2 学長は、調査の結果、法令又は本学規則等に違反するなどの不正が明らかになったときは、当該不正に関与した本学の職員に対し、当該職員に適用される就業規則に基づく懲戒処分等を課すことができる」
つまり、調査委の結論を受けて是正や処分を行うのは学長の仕事。一連の行為が、ただちに法令や学内の規程に違反するものではないとはいえ、このまま放置していては次回以降の学長選考で学長選考会議委員による集票活動が「野放し」になってしまう。何らかの対応が必要だが、不適切な行為を認定されたのは自らの選挙を支え、これからも執行部を支えていくはずだった2人。西川学長が難しい判断を迫られるのは想像に難くない。
会見ではコメント拒否
本誌は4月1日の記者会見で、調査委の報告についても尋ねた。西川学長の答えは「公益通報の性格上、私は公益通報に関してはなにも答えられない。通報者を保護するということもある。私はコメントしない。どのような報告がされているかについても存じ上げない」というものだった。
記者は4月4日に書面で、旭川医大の広報担当者を通じて、奥村副学長、川辺副学長、西川学長について以下の質問を送付した。(奥村・川辺副学長に対して)①報告の結論への見解②なぜ調査委からのパソコン提出要請を拒否したのか、(西川学長に対して)③改めて報告についてどう思うか、④調査結果を知っていて奥村氏、川辺氏を副学長に任命したのか⑤規程に基づく処分、再発防止策の考えはあるか⑥山本教授を起用しなかったことと公益通報は関連しているのか。
4月7日、質問のうち①②③⑤については「通報者や通報の対象となった者の個人情報等を取り扱うことになるため、情報を共有する者の範囲を限定するなど、 通報対応に従事する者に通報に関する秘密保持や個人情報保護を徹底させることが必要であることが消費者庁から公開されている公益通報者保護法を踏まえた各ガイドライン等でも明記されている。したがって、本件についての内容をお知らせすることはふさわしくないと考えている」、④に対しては「お二人とも高い見識をお持ちであり、教育の質保証およびレベル向上を目指すために奥村利勝先生に理事兼教育評価担当副学長を、研究を戦略的に推進するために川辺淳一先生に研究担当副学長をお願いした」、⑥については「記者会見で答えた通り」との回答が送られてきた。
問われるガバナンス
3月号の本誌記事でも触れたが、学長選考会議の議長や委員が特定の候補に投票するよう働きかけたとすれば、野球の審判が片方のチームを手助けするようなものであり、学長選出手続きの公平性が損なわれてしまう。投票前にまかれた怪文書の影響と合わせ、「完全に公正なかたちで投票が行われていれば、また違った結果が出ていたのではないか」という思いを抱く人がいるとしても、不思議ではない。
西川学長は記者会見で「私は公益通報に関してはなにも答えられない」と答えたが、調査委が「不適切」と指摘した人物をおとがめなしで副学長に起用しつづけるとすれば、西川学長自らが、学長選考会議が特定候補を応援する行為に「お墨付き」を与えたに等しい。調査委での調査の過程が学長に知らされていなかったにせよ、この情報は本誌が繰り返し報じており、知らなかったで済まされるはずもない。
奥村副学長は、新学長選考に手を挙げて学長選考会議議長を辞任した西川氏の後任として、議長に就任した。新学長から見れば側近中の側近だ。その人物が新学長を選ぶ意向調査の前、西川氏に投票するよう呼びかけていたことを、当の西川氏は知っていたのか、知らなかったのか。知っていたとすればどう行動したのか、行動しなかったのか。学長に就任した西川氏は自身の言葉で教職員や学生に対して明確に説明する必要がありそうだ。
医大の関係者が注目するのは、西川氏の学長就任を文部科学省に申請した際、公益通報に基づく調査が行われていることを、文科省に報告していたのかどうか。学長選考の過程で不適切な行為があったことを文科省が知っていたら、違う結論が出たのではないか、または、西川氏の学長就任に条件がついたのではないかというのだ。
なお、公益通報を行った人物は事態が長期化することは本意ではないとして、「山本氏を副学長に起用すれば公益通報は取り下げる」との提案を自らの弁護士を通じて西川学長に行ったのだが、西川学長は提案があった事実を公益通報の調査委に連絡。調査委は、こうした提案は公益通報の目的の健全性を損なうとの見解も示した模様。この提案に、西川学長ら新執行部が態度を硬化させ、山本氏の執行部入りを撤回した可能性もあるが、西川学長は詳細な経緯について説明を拒否しており、真相は謎のままだ。
学長就任記者会見での様子をテレビのニュースで見た人は、西川氏の実直な語り口が印象に残ったはずだ。記者も昨年の投票前に行った取材から同様の感想を抱いた。通報者からの提案をはねつけたのも、西川学長なりの清廉さや道徳観の表れなのかもしれない。注目は、公益通報調査委員会が指摘した「不適切」な行為にも、同じ基準で対応するかどうかだ。
就任記者会見の冒頭、(吉田学長時代に)「本学のガバナンスが著しく退行してしまったのは誠に残念。私たちには原点に回帰して本学を復興させる義務がある」と語った西川新学長。ガバナンスに対する自身の姿勢が、いま問われている。

この記事は月刊北海道経済2022年05月号に掲載されています。