軟投派アンダースローは44歳

 昨年士別に誕生した「士別サムライブレイズ」(北海道フロンティアリーグ)の選手は若手が中心。一人だけ異彩を放つ超ベテラン選手が安井大介だ。異例ずくめの野球人生、北米・中米などのチームを渡り歩いた十数年間、日本最北の野球チームにたどり着いた経緯、そしてアンダースローならではの投球術などを尋ねた。(文中敬称略)

ずば抜けた実績
 4月25日夜、士別市朝日町のあさひサンライズホールで、独立リーグ「北海道フロンティアリーグ」に所属する球団「士別サムライブレイズ」が2022年シーズンの「新チームお披露目会」を開いた。ネット中継される中、壇上に立った選手のほとんどは20代前半の若手。一人だけ、大ベテラン投手が混じっていた。安井大介投手(44歳)。他の選手たちの父親にあたる年代で、身長も170㌢とチームメイトと並べば比較的小柄だが、立派な現役選手だ。実績ではずば抜けている。何しろ他の選手がヨチヨチ歩きのろからアメリカ、カナダ、ニカラグア、ベルギー、グアテマラなどで転戦を続けてきたのだから。
 安井はサムライブレイズが北海道ベースボールリーグ(HBL)に所属していた2021年シーズンの途中、7月1日に入団。3試合に先発、中継ぎでも起用され、16試合、27と3分の2イニングを投げた。1勝1敗で防御率は5・20。久しぶりに対戦する日本の野球の器用さに戸惑った。初のフルシーズンとなる今季は先発で一つでも多く勝ち星を積み上げることが目標だ。
 5月5日、ホーム開幕戦(今季2戦目)となる対美唄ブラックダイアモンズ戦で出番が回ってきた。打ち込まれた若手の先発をロングリリーフ。立ち上がりで失点したものの、その後のイニングでは1失点に抑え、大味になりかけたゲームをベテランらしく引き締めた。
 異例の野球人生が始まったのは小学校2年生のとき。当時住んでいた東京都足立区の町内会で運営されていた「綾瀬東ガッツ」に入団した。中学校に進学してからは、その学校に野球部がなかったため大人に混じって草野球でプレーを続けた。歯車がいったん狂うのは高校進学後。卒業生から首相も輩出している東京都心の私立高校で野球部に入ったが、鼓膜が破れるほどの教師の暴力に耐えかねて1年で退部した。「理事長が教員を殴る異常な学校で、野球部員は教員の不満のはけ口にされた」。なお、この学校は約3年前、長年の慣例となっていた朝7時前からの理事長へのあいさつに不満を持った一部の教員がストライキを決行して全国ニュースに登場している。

移籍2試合目の試練

 野球を諦めきれなかった安井は、専門学校のチームで野球を続け、さくら銀行(現在の三井住友銀行)が母体の社会人チームに進んだ。それから2年余りが経った2003年、スポーツ新聞の記事で北米独立リーグでのトライアウト(複数のチームが実際にプレーさせて選手を募集するオーディション)開催を知った。当時、野茂英雄やイチローをはじめとする日本人メジャーリーガーの活躍がすでに始まっており、安井も自分の可能性を信じて渡米、トライアウトを受けた。米国内のチームには入れなかったが、カナディアン・ベースボールリーグのビクトリア・キャピタルズと契約した。
 しかし野球選手にとり現実は厳しい。開幕2試合目で登板した安井は満塁ホームランを打たれ、次の試合ではリリーフで無失点に抑えたものの、3カードが終了した次の試合の練習の前、監督に呼ばれて解雇を言い渡された。「野球はハードなスポーツだ。今までありがとう」。球団にとっても現実は厳しかった。安井の退団から7ヵ月後、キャピタルズは経営難で解散した。
 翌04年は米で春季キャンプに参加し、所属先の球団も見つかったが、プレー可能なビザへの切り替えができずにまたも解雇。北米では実力を備えていることはもちろん、ビザを得られるかどうかが外国人野球選手の運命を左右する。ビザ取得にはチームの協力が不可欠だが、チームは活躍の期待が大きい選手のビザ取得を優先する。当時はビザ発行量にも上限があり、なかなか順番が巡ってこなかった。
 それでも05年には米国のセミプロリーグ「ゴールデンジャイアンツ」と契約した。セミプロとは、春と秋の大学野球リーグの中間となる夏休みに、全米各地の大学野球部から集めた選手を中心に運営されるリーグのこと。優秀な選手には給料も出るが、開催期間は短い。これ以降2020年まで、安井は米国、カナダ、メキシコ、ニカラグア、グアテマラ、そして欧州のベルギーで、14チームを渡り歩いた。

年3ヵ月は海外で野球
 巨額の年俸が出るメジャーリーグと異なり、これらのリーグで選手に支払われる報酬はわずか。「試合のない日に皿洗いなどのバイトをこなし、苦しさに耐えて野球を続けていたのか」と記者が尋ねると、安井は笑って否定した。「年に約3ヵ月は北米や中米などで野球をプレー。残りの期間は千葉県で親の営む貸家業を手伝っていた。切れた照明を取り替えたり、掃除したり、壊れたところを修繕したり…。親も応援してくれている。貧しい生活に耐えながら野球を続けたわけじゃない」。
 海外で苦しさを感じるのは単調な食生活だった。米国内では、夜の試合が終わるころ、食事ができる店はファストフードのチェーン店しかなく、マクドナルド、ケンタッキー、ドミノピザの「不動のローテーション」が続いた。中米の国ではゲーム終了後、店がすべて閉店しており、空腹に耐えなければならないこともあった。
 海外でのプレーを始めたころは言葉にも苦労した。当初は英語の契約書の内容を理解しないままサインしていた。スペイン語はまったくちんぷんかんぷん。英語とスペイン語を両方理解する選手のそばにいるうちに、少しずつ話せるようになった。「彼女ができてコミュニケーションを図るようになってからは上達も早かった」。
 野球選手にケガはつきもの。しかし、チームが結ぶ健康保険のおかげで、治療費はかからなかった。唯一、保険でカバーされないのが「歯」。チームメイトに歯の痛みを訴えると「大丈夫か」ではなく、「お前、金はあるのか」と心配された。シーズン中に歯が痛くなっても、痛み止めを飲んでひたすら我慢するしかなかった。

アンダーだから長寿
 野球のピッチャーは、まず右手で投げるか、左手で投げるかによって二分され、投げるときにどの方向から手を振るかによってさらに分類される。上から振り下ろすのがオーバースロー、横から投げるのがサイドスロー、両者の中間がスリークォーター、そして下から投げるのがアンダースローだ。日本でも北米でも中米でも、アンダースローは少数派で、近年その数はさらに減っているが、下から上に向けて投じられた球が、重力に引かれて落ちるため、球の軌道は独特。対戦機会の少ないアンダースローの投手に苦戦する打者も多い。
 安井は右投げのアンダースローだ。もともとはサイドスローだった。専門学校時代にアンダースローを試したことがあるが、この時は脚が痛くなった。社会人時代、居並ぶチーム内のライバルと比較して劣る球速を見かねたコーチが「下から投げてみろ」と命じた。今度はうまく投げることができ、その時点では体もできていたのか痛みもなかった。
 アンダースローは体への負担が重いと考えられることもあったが(マンガ「巨人の星」では主人公の星飛雄馬が大リーグボール3号をアンダースローで投げ続け、結末で左手が崩壊した)、安井は「時々腰が重たくなる」以外は故障らしい故障がなく、「アンダースローだからこそ野球を続けてこれた」と考えている。
 決め球はシンカー。ただし、安井の言うシンカーは日本式の(右投手なら)右側に曲がりながら落ちるボールではなく、アメリカ式の高速ボールで、右バッターの手元に食い込んでくる。安井が投げる球の7割はシンカー。残り3割が直球だ。どちらも球速は125㌔前後であるため、打者には見極めが難しい。
 通常であれば多くの野球選手が衰えを感じる30代中盤から、安井は逆に手応えをつかむようになっていった。「イニング数が増えるにしたがって自分の長所と短所がわかってきた。コーチから『右バッターは抑えろ、左バッターはシングルヒットならOKだ』といった的確なアドバイスをもらい、肩の力も抜けた」。最後に外国でプレーした2019~20年のグアテマラ・ウィンターリーグでは最多セーブ(5セーブ)に輝き、翌シーズンに向けて米国内のチームから数件の引き合いが来た。今後も海外で野球が続けられると考えていた。
 2020年春に帰国した直後、安井の野球人生を変えたのは、新型コロナウイルスだった。

コロナで海外断念

 すぐにおさまると楽観視していたパンデミックは世界中に広がり、安井は再渡米することができなくなった。まだまだ正常化までには時間がかかるとみて、国内での所属チームを探しているうちに、北海道の独立リーグの存在を知り、昨年7月1日に入団した。
 2020年に活動を開始したHBLは、野球の練習や試合をする傍ら、地元の農家、商店などに勤務することで、スポーツ振興や地域おこし、不足する労働力の供給などの目標を同時に追求している。HBLに昨季加盟した士別サムライブレイズも同様の活動を展開している。昨年11月にはHBLからの脱退を発表、22年シーズンから美唄ブラックダイヤモンズ、石狩レッドフェニックスとともに北海道フロンティアリーグを構成している(HBLは2022年、富良野ブルーリッジ、すながわリバーズ、奈井江・空知ストレーツの3球団で活動)。野球と勤労を両立する活動はHBLでもフロンティアでも変わらない。安井は野球選手として活動しながら、地元のゴルフ場などで働くことになっている。
 チームには専業の英語・スペイン語通訳がいるが、安井も補助的に通訳を務める予定。もう一つ、夢がある。「米国などで観てきた試合では、開始前やイニングの合間などに、音楽を流したり、ショーの要素を加えたりして観客を楽しませている。これまでの経験を活かしてそうした要素を日本の野球に加えるために働きたい」
 もちろん本業は野球。昨季は、前の打席で抑えたはずのバッターが、スイングやタイミングを器用に調整してくることに戸惑った。「アメリカのバッターは自らのスイングにこだわりがあるため、調整はあまりしないもの。いい所に球が行けばそんなには打たれなかったのだが…」。器用な日本のバッターに合わせて、今度は自分が投球内容を調整できるかどうかが問われている。
 いま44歳。現役生活の残りがそれほど長くないことはわかっている。「自分と同じ年齢でいまも現役のプロ野球選手は福留孝介(中日→メジャーリーグ→阪神→中日)だけ。福留より1年でも長くプレーがしたい」と語る安井。北の最果ての地で「第2幕」が上がった。

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この記事は月刊北海道経済2022年06月号に掲載されています。