無惨! クリスタルホール音楽堂が劣化

 たゆたうピアニシッモ(最弱音)が減衰し虚空に吸い込まれる─。「森の中にいるような」「自らのピアノの音が明瞭に聴こえる」とクラシックやジャズの演奏家・愛好家たちが絶賛する旭川市大雪クリスタルホール音楽堂(旭川市神楽3条7丁目)が、オープンから30年を経て無惨な姿をさらしている。市民運動が結実し産声を上げた国内初の音楽専用ホールは、市民全体の財産でもあるが、補修が行き届かず機能が消失しつつある。「見過ごせない」と建設運動の母体となった市民団体が2月、所管する旭川市教育委員会と市に要望書を提出した。

ドアには注意書き

錆び・欠け ドアも傷み音漏れ
 建設運動に携わった「ぬくもりホールの会」(村田和子代表)が2月3日、野﨑幸宏教育長と今津寛介市長に要望書を提出した。クリスタルホール音楽堂の▽施設管理▽運営のありかた─の2点について提言・要望している。
 要望書は《完成から30年が経過し、長年の使用により建物や内部の施設設備などの疲弊、問題が多く見受けられるようになり、必要とされる機能が果たせなくなりつつあります》とした上で、《旭川市が内外に誇るクリスタルホール音楽堂を、今後も健全な形で維持し、活用していくにあたり、今後私たち市民がなすべきことは何なのかを、行政関係の方々と共に手を携えつつ考察し、必要な対策を講じていきたい》としている。
 具体的の要望として、ステージ周りのドア劣化を挙げ《稼働頻度の高いステージ左側のドアの動作の不具合とパッキン劣化がある》、「開閉不能になる可能性もあるほか廊下に出ると音漏れがします」(村田代表)。クリスタルホール外観の雨除けの屋根の支柱は「錆びだらけ、床のタイルも割れたり欠けたり」。村田代表はあまりの劣化に驚きと失望を隠せない。
 状況を確認するため現場に行った。確かにクリスタルホール雨除けの屋根の一部の支柱の下部は塗装コーティングがはげ落ち、無惨にも錆びが浮いていた。ホール内に入り佐藤満館長の案内で音楽堂の一部ドアに劣化を確認した。自動的にゆっくり閉まる金具装置のドアクローザーが破損したままになっている。一般の客は分厚く重いドアを開けて音楽堂ホールに入った後、きちんとドアが閉まるよう手を介添えすることはまずない。これでは最後まで閉まらないままだ。音響の良いこの音楽堂ホールの機能を十分に生かしきれないのではないかと感じた。ドアの密封度を高める内側のパッキンも経年劣化なのだろうか? 柔軟性が損なわれ波打つ。「廊下に音漏れし、コンサートに支障が出る事例も発生している」(村田代表)
 さらに、ステージ床面の傷や凹凸も著しく、「ステージの設置や移動に支障となり事故の原因ともなる」(同)。

音響の素晴らしさ 国内屈指・旭川の宝
 ぬくもりホールの会によると、旭川クリスタルホールは旭川市が開拓のクワが入って100年を記念して建設され、1993年に開館した。クリスタルホールの中に設けられた音楽堂は、「ホールが人を育て、人が文化を作り、文化が街を作る」という理念の基に音楽愛好家ら文化人で組織する「ぬくもりホールの会」の市民運動が旭川市を動かし、設けられた北海道初の音楽専用ホールだ。
 世界的に有名な「永田音響設計」が設計した。ホールの理想型とされるシューボックス型(靴箱のような長方形)で、「定在波(ホール内に存在するエコー成分・やまびことも称される独特な音響成分)を極力排除し、特段に澄んだ音響が素晴らしい。国内の浜離宮朝日ホール(東京都)や水戸芸術館コンサートホール、サントリーホール(小ホール)と同等の国内屈指のホールなんですよ」(村田代表)。
 良いホールに精通した海外の一流演奏家たちが音楽堂の音響の素晴らしさをたたえてきた。過去にCD制作のための録音会場としても利用された実績がある。「音楽堂は国内外に自慢できるホールで旭川の宝でもある」。だが、建設から30年を経た今の音楽堂の姿に村田代表は深い失望を抱く。「早期の修繕で経費は抑えられる。専門的な箇所は設計者である永田音響設計に新たに点検してもらうべきだと思います」。村田代表はハード面だけではなく、ソフト面についても要望している。

適切なスタッフ 企画事業の充実
 施設設備の老朽に加え、「音楽専用ホールに見合った体制になっていない」と村田代表は指摘する。要望書には《音楽ホールの特性を理解した上での、適切な事務的アドバイスが必要です》とあり、適切なスタッフの配置を求めている。
 技術スタッフについても、「機材を十分に使いこなせる技術が必要」と村田代表は指摘する。音響会社を選定するプロポーザル(企画提案を公募し、選ぶ)方式についても、《基準が曖昧で、数年おきに技術者が替わる方式では、利用者に対して適切な音響アドバイスが出来ないため、結果的に良いホール運営は出来ません》と注文をつける。
 さらに、自主企画事業についても要望書は、《音楽ファンが満足のいく企画がなされていません》と指摘する。村田代表は、音楽堂ホールの音響の素晴らしさを生かした自主企画事業には新しい運営形式が必要と話している。
 1995~2015年の間、毎年音楽堂ホールで「ジャズマンス・イン・旭川」を開催してきた旭川市在住の音楽家・佐々木義生さんは、「何かひんやりとした大雪山の森の中を想像させる爽やかな響き」と音楽堂の音響を絶賛し、「次世代の子どもたちが、このホールで本物の音・音楽に出会い、豊かな人間性をはぐくみ、豊かな人間性が文化をつくり、文化が本当の意味での豊かな街をつくる。開館30年を迎えるこの年に原点に立ちかえる必要がある」と話す。
 かつての名ホールは錆びが浮き、ドア部品も破損して音漏れするなど施設の劣化が著しいことに加え、運営面の課題も提起された。要望書を手渡された市教委・市は、どうするのか?

限られた予算 優先順位どうつける?
 市教委・市は何もしてこなかったわけではない。音楽堂を含むクリスタルホール全体の補修費を見ると、2018年度が7333万円、2019年度が3493万円、2020年度が651万円、2021年度が1億4000万円、本年度が110万円、来年度予算案には3456万円が計上されている。このうち、実際に音楽堂にどれだけの補修費をかけたかは残念ながらつかめなかった。
 この直近6年間の補修費を多いと見るか少ないととらえるかには多様な意見があろうかと思う。だが、相対的に補修費は減少傾向にあると評価するのが自然だろう。自主文化事業も直近6年間を見ると、2018・2019の両年度は700万円台だったが、2020年度は601万円に、2021年度は574万円に、本年度は445万円に、来年度予算案は479万円の計上で、右肩下がりが顕著だ。管理費(業務委託費)は、直近6年間を見ると、本年度まで1億5千万円台で推移していたが、新年度予算案は、本年度に比べ2千万円ほど多い1億7628万円が計上されている。
 域内経済のぜい弱性から収入(歳入)の柱であるべき税収(他中核市と比べた額・収入全体の割合)が少なく、国からの仕送り金(地方交付税)に依存する旭川の台所事情(財政事情)は厳しい。市本庁舎の返済(償還)が控えるほか、共に100億円ほどの整備費が見込まれる2つのごみ処分場の大型投資事業は待ったなしだ。学校校舎の耐震化事業や市民文化会館の建替えもある。いわば火の車状態だ。加えて一般家庭における預貯金に相当する基金も寂しい限りで、柔軟に出し入れできる普通預金に相当する財政調整基金は、中核市平均(100億円)のおよそ半分ほどにとどまる。
 逆に言えば、こうした台所状況だからこそ、その自治体の本質が見えてくる。〝金を使うとこはどこか?〟だ。旭川市は、どうか?

この記事は2023年04月号に掲載されています。
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