全国的にも報道され、地元でもショッキングな話題となった「旭川女子高生殺害事件」。この事件が問いかけるものとは、一体何か。事件の真相や背景に潜む要因は?捜査関係者などからの情報を通じて知り得た実態には決して他人事と思えない事情が幾つも存在する。(記事は7月11日現在)
神居古潭に到着してから川に転落まで、約20分
事件は、緑に囲まれた景勝地としても知られる旭川市の神居古潭渓谷で起きた。水深12メートル以上、高さ約10メートルに及ぶ吊り橋「神居大橋」から転落し、亡くなったのが留萌市の女子高校生村山月さん(17)。水量が増し、水温10度を下回る雪どけ時期の4月19日未明、旭川市の無職内田梨瑚容疑者(21)と同市の無職の女(19)2人に殺害されたとみられる。司法解剖の結果、死因は溺水による窒息だった。
内田容疑者らは留萌市にある道の駅「るもい」に呼び出し前日夜、村山さんを内田容疑者の車に乗せて監禁。内田容疑者が運転する軽乗用車には19歳の女以外に16歳の男女2人が同乗し、神居古潭までの移動中に逃げようと抵抗した村山さんに暴行を加えた。4時間ほど監禁し、神居古潭に4月19日午前3時40分ごろ到着。転落現場には内田容疑者と19歳の女が連れて行き、4時ごろ、内田容疑者が運転する車が走り去ったとされる。神居古潭到着から、転落まで、その間、約20分。村山さんと内田容疑者、そして19歳の女の3人の間で、何があったのか。現場近くでは村山さんの衣類が見つかっている。
その後、留萌署に4月22日、村山さんの親族が行方不明届を提出。監禁された状態で立ち寄ったコンビニエンスストアに設置された防犯カメラの映像などから内田容疑者と19歳の女ら男女数人のグループが浮上した。これを受けて道警は4月24日、恐喝の疑いで内田容疑者を緊急逮捕した。同26日には上川管内の16歳の少年を逮捕。5月2日、監禁などの疑いで19歳の女と16歳の少女(旭川市)を逮捕した。さらに同6日に監禁容疑で内田容疑者と16歳の少年を再逮捕している。
供述などに基づき神居古潭から石狩川流域周辺を捜査員のべ200人、ダイバーやヘリコプターほかドローンまで投入し捜索を本格化させ、5月下旬に下流で全裸の遺体を発見し、DNA鑑定等の結果、村山さんと判明。同27日には旭川地検が監禁罪で内田容疑者を起訴した上で、道警は6月12日に内田容疑者と19歳の女を殺人容疑で再逮捕に踏み切っている。
事件の発端はアダルトサイトに「アイコラ」
殺害された村山さんは羽幌町出身で中学校時代にはバスケットボール部に所属。留萌高校に進学したが中退し、別の高校に在籍していた。頻繁に交流サイト(SNS)に自らの近況を投稿。事件の際は内田容疑者に神居大橋の欄干に座らされ、スマートフォンで動画を撮影されていたことも、後日発見された破損した状態のスマホを解析して判明した。内田容疑者がラーメンを食べる画像を村山さん自身のSNSに転載しトラブルになったことも明らかになった。
これに対し内田容疑者は旭川市出身。中学時代にはバスケットボール部で活躍し、明るい性格で後輩にも慕われた。美瑛高校に進学してからは、バスケ部がなかったため同好会づくりに力を尽くした。しかし高校卒業後、旭川市内の繁華街で接待を伴う飲食店などの仕事を転々とし、やがて派手に同伴者らと飲み歩く姿が目立つように。一方で、同級生らの画像をSNSに拡散するトラブルなどが相次いだという。
内田容疑者と共に殺人容疑で逮捕された19歳の女は仲間外れにされた等の理由で高校を中退。ゲームセンターなどでのアルバイトを転々と繰り返し経済的に困窮して、同級生と一緒に行動するより、内田容疑者に付き従うケースが目立った。内田容疑者は監禁容疑等で逮捕された16歳の男女と併せ、3人を「舎弟」と呼んでいたという。
捜査関係者によると、事件の発端は、村山さんがアダルトサイトに無断で内田容疑者の顔写真を転載していたことによるトラブル。これを知った内田容疑者は4月18日、SNSで村山さんを恐喝したが電子マネーを受け取ることができず前述の道の駅に呼び出し監禁に至った。通称「アイコラ」(アイドルコラージュ)。人気アイドル等の写真を加工し、別の状況にある写真のように作り替える合成画像が引き金となり殺害にまでエスカレートしてしまったのが今回の旭川女子高生殺害事件。
内田容疑者については村山さん以外にもSNSを通じて複数の知人との金銭トラブルが発覚している。そのトラブル解決にあたり提示された金額というのが、「10万円」。村山さんを恐喝した際に提示した金額も10万円。「10万円なら仕方ないとあきらめがつくのか、安くもなく高くもなく、奇妙に『10万円』という金額で一致している」と捜査関係者はとらえる。
内田容疑者の金銭トラブルをめぐっては、「恐喝で得たお金は、反社会勢力に流れていたと言われている。彼らにとっても、末端の者が行ったことでも使用者責任を問われかねず『まいったな』と洩らしているようです」(捜査関係者)。アダルトサイトの運営管理も反社会勢力が一部で担っていると言われている。
旭川の繁華街を居場所にしていた内田容疑者は東京の「トー横キッズ」と重ね繁華街名を冠して〝さんろくキッズ〟グループを結成。この中には旭川市の公園で中学生の広瀬爽彩さん(14)が2021年にいじめ関連で凍死した問題に、中心的に関わっていた女も一員に加わっていたという。
スマホに残された動画等から、死に追い込んだ?
監禁容疑で逮捕された16歳の少年は初等・中等(第一種)少年院送致とする保護処分に。同じく監禁容疑で逮捕され家裁に送致されていた16歳の少女は保護観察処分となった。殺人容疑で逮捕された内田容疑者は7月3日、旭川地検が殺人と不同意猥褻死事件での起訴に踏み切った。共謀した19歳の無職の女は殺人等の非行内容で旭川地裁に送致された。
捜査関係者によると、内田容疑者は「(村山さんを)橋に置いてきた」と殺害を否認し、転落する場面は見ていないと供述しているという。一方で19歳の女は「川に突き落としていない」と供述。それでも旭川地検では、内田梨瑚被告が殺害への関与を否定していても、殺人等の罪で起訴に踏み切った。神居大橋周辺に防犯カメラは設置されておらず殺害に至った行為などの裏付け捜査は難航が予想されたが、長時間にわたる監禁やスマホに残された事件当時の動画などから、同被告が村山さんを死に追い込んだと結論づけた。「人命軽視も甚だしい。捜査は点と点をつないで線にした結果でもあり、事件当事者らはつながるべくしてつながった」(捜査関係者)。
道警によると、道内でSNSをきっかけに2023年に小中高生ら18歳未満の子どもが犯罪に巻き込まれたケースは76人に上る。このうち、略取・誘拐や不同意性交といった「重要犯罪」は9人で、増加傾向にある。ある程度投稿者の匿名性が担保されるSNSは、慣れ親しんだ子どもたちにとって、一つの居場所になっている。スマートフォン利用の低年齢化を背景に、子どもたち自身の「ネットリテラシー」(インターネットの情報などを適切に判断・運用する能力)向上の必要性も求められている。
居場所が犯罪の温床に 真相は死体が物語る?
SMSの台頭によってコミュニケーション手段のあり方が問われている現代事情。警察でもインターネット上のサイバーパトロールに力を入れている。こうした社会的な背景の中、トー横キッズのように居場所を求めてさまよう若者が繁華街で一つのコミュニティーを形成。これに倣うように旭川でもさんろくキッズが自分たちなりの居場所を確保したはずだった。その是非はともかくコミュニケーションの歪みが人命軽視ともいえる犯罪を引き起こす温床となるのであれば、何かしらの改善の余地がありそう。
ところで、驚くことに担当刑事が内田容疑者と不適切な関係だったことが一部で報道され、世間の耳目を集めてもいる。その真意のほどは定かではないが、これも今回の事件につながる人間関係の歪みなのか。担当刑事と事件の容疑者。まさに事実は小説より奇なり?二人は男女の関係だったようだが、追う側と追われる側が奇妙な形でつながっていたというのも、何とも不思議なものだ。
「死体は物語る」。村山さんの遺体は、神居大橋から約60キロ離れた下流の空知管内奈井江町で発見された。事件はこれから裁判員裁判を通じて評議される見通し。どう旭川女子高生殺害事件が裁かれていくのか予断を許さないが、言葉を持たない死体が何を語るのか注目されるところ。事件のあった4月19日未明、実際に、神居大橋で何があったのか。内田容疑者のスマホには記録されていない別の出来事も?
アイヌ語で「カムイ(神)の居るコタン(里)」を意味し、神は「ニッカカムイ(魔神)」を指すという神居古潭。奇岩怪石が多く船行の難所とされ〝魔の里〟とも呼ばれていたが、この渓谷に棲む魔神は一体、事件現場で何を観たのか。あの日の神居大橋で起きた出来事とは、いかに。死体だけが語ってくれる。