
近年、業界の生態が大きく変化したのが金属スクラップの回収業。SDGs時代の要請に合ったこの業界では近年、全国的に中国人が営む企業がシェアを拡大する傾向にある。「彼らが企業努力で規模を拡大するなら文句のつけようがないが、我々と同じルールの下で活動しているのか」との疑問を、複数の日本人経営者が口にする。
トマムリゾート売却
この北海道でも、中国資本の脅威を感じる人は少なくない。建国時からの共産主義経済から資本主義経済への転換を打ち出したのは1978年のこと。経済力も生活水準もはるかに日本より遅れていた中国は、それから半世紀足らずのうちに猛烈に加速し、国全体のGDPで日本を追い抜き、ドローンやスマホ、家電製品といった一部の製品で世界市場を席捲している。日本の頼みの綱である自動車産業も、世界市場で中国製電気自動車との対決が避けられないとみられる。
が、この北海道では、センセーショナルに語られるほどには「浸食」が進んでいない。7月5日、中国企業の復星国際グループが星野リゾートトマムを売却したと発表した。復星が子会社を通じてトマムを取得したのは2015年のこと。その後、中国本国では不動産バブルの崩壊で景気に急ブレーキがかかった。トマム売却はグループ全体のリストラや利益確保の一環ではないかとみられている。
旭川の周辺でも中国資本による広大な土地の買い占めの動きが報じられた時期があったが、少なくとも土地の開発が進むなど具体的な動きにはつながっていない。ところが、「中国人の経営企業にどんどんシェアが浸食されている」と、地元経営者が危機感をつのらせる業界がある。金属スクラップ業だ。
人脈生かし成長?
熱で溶かして再利用できる鉄、銅、ステンレス、アルミなどの金属は「SDGs」が叫ばれるはるか昔から優秀なエコ素材だった。中でも鉄は、リサイクルしても品質が低下しにくいのが特徴で、ほぼ100%再利用されている。
自動車が廃車になったり、鉄骨・鉄筋コンクリート造の建物が解体されたり、機械が不要になったりするごとに、新たなスクラップが生まれる。北海道では、解体現場のほか、農家が使っていた農機具が有力な「資源」となっている。これを専門業者が集め、分別や切断などの処理を経て、電炉メーカーに運び込む。鉄鉱石から鉄を作るのに高炉が使われるのに対し、スクラップから鉄を再生するには電気炉が用いられる。道内で電気炉を持つメーカーは、現在2社。これらの工場でスクラップは鉄筋などの棒鋼に生まれかわり、ビルや道路、橋などの材料として再活用されることになる。
長らく、金属回収の手掛けてきたのは地域に根を下ろした中小業者だった。十年ほど前からこの業界で、中国人の営む企業が存在感を増しているが、それは集めた金属スクラップを中国に輸出しているからではない。日本からの国・地域別鉄スクラップ輸出量比率は韓国が38%で1位。これにベトナム、台湾、バングラデシュ、マレーシアが続き、中国は4・0%で6位。母国との繋がりよりも、この仕事に必要なノウハウや人脈が中国人の間で共有されたことが成功の要因と考えられる。
同業の日本人経営者は苦い表情を浮かべる。「日本全国で、金属スクラップ回収の仕事に中国人が大量に参入している。本州で金属スクラップヤードへの規制が強まっていることも、道内進出が増える一因だろう。彼らはやり方が強引だ」。
千葉・苫小牧に支店
旭川市内における中国系企業の代表的な存在が、T社。周囲を建設会社の資材置き場などに囲まれた春光台にヤードと事務所を構えている。記者が事務所を訪ねた日、ヤード内には30歳代の中国人と思しき男女数人が働いていた。取材を申し込むと、うち一人が日本語で「社長も社長の奥さんもいまいません。あとでこちらから連絡します」と言った。記者は名刺を置いて帰ったが、その後連絡はなく、FAXによる再度の取材要請にも無反応だった。
T社を営むのはY社長。社名はその名にちなんでいるのだろう。法人としての設立は2015年。以前は国道40号沿いにヤードを構えていた。社員から入手したY氏の名刺には、古物商許可・金属くず商許可を取得していること、旭川のほか千葉、登別、石狩、苫小牧に支店を構えている旨の記述がある。
もっとも、T社は道内における「一強」ではない。他にも滝川に有力な中国系の業者がある。日本人だけでなく、中国人同士の競争もまた激しさを増している。
前出の同業者は語る。「中国系の業者も行政から許可を得ている以上、それ自体は違法ではない。問題は、スクラップを買い集める手法。本州から日本語の話せる中国人を連れてきて、人海戦術で農家を手あたり次第に訪ね、不要になった農業機械や金属がないかどうか尋ね歩く。農家が売却に同意すればその場で現金を払って持っていく。農家が拒否しても、いつの間にか古いトラクターがなくなっている。警察が捜査に乗り出しても、問題の業者は『そのスタッフはもうやめたのでよくわからない』とうそぶく─そんな話をよく聞く」
金属くず商については、実際に買い取り交渉にあたる代理人などに「金属くず行商」の行商従事者証を携帯させなければならず、代理人などは取引の相手方から求められれば、これを提示しなければならないことが、道の「金属くず回収業に関する条例」で定められている。
「中国系の業者は、こうしたルールを守っていないのではないか。中国人は労働許可を持っているのか。税金は納めているのか」といった疑問を、複数の地元業者が異口同音に語る。「彼らが一生懸命働いて、商売を奪っていくのなら文句をつける筋合いはないが、不公正な競争で我々が不利な立場に追いやられるのはおかしい。行政は彼らにルールを守るよう対策を講じてほしい」
意思疎通なく
既存の地元業者はいずれも業界団体に所属しており、情報を交換している。T社は経営規模を拡大したにも関わらず、同業他社とのチャンネルがほとんど存在しない。これも、地元業者側が感じる不安が拡大する要因になっている。
本誌の取材申し込みも黙殺したT社。今後も長期的にこの地で事業を継続するつもりなら、一連の疑問に答えるべきではないか。
