「子どもの学力を伸ばすにはどうすればいいのか」─多くの親が感じている疑問だ。状況は子の個性や環境により千差万別で、どの子にも当てはまる答えはないが、教育心理学の研究成果を学べば、多くの子にとって望ましい方法、望ましくない方法があることがわかってくる。北海道大学教育学部で教育心理学を教える大谷和大准教授(40)に話を聞いた。子育て中の親に、まずは研究成果のごく一部に触れてほしい。

双方向の「強化」
まず、古典的な動物実験を紹介しよう。カゴの中にいるマウスにブザーを聞かせる。マウスの手に触れそうな場所にはレバーがある。何かの拍子にマウスがレバーを押すと、エサが出てくる。ブザーという「状況」、レバーを押すという「行動」、エサという「結果」。この三つが組み合わされることで、行動が促進される。このうち行動と結果に注目すれば、エサという刺激がレバーを押すという行動の頻度を高めていることになる。この現象を「強化」と呼ぶ。刺激が行動の頻度を高めれば「正の強化」。行動で刺激が除去され、行動の頻度が高まれば「負の強化」となる。薬を飲んで頭痛が軽減されると、その後も薬を飲むようになるのが負の強化の例だ。
日常的にこうした強化は起こっている。学校のテストに向けて勉強する子を親がほめる。うまくいけば、ほめたことが刺激となり、子の勉強に「正の強化」をもたらし、もっと勉強するようになるかもしれない。
もっとも、いつもうまくいくなら親は苦労しない。強化は親を困らせる方向に働くことがある。スーパーで子どもが「お菓子を買って」と泣いている。「困った母親はおやつを買ってあげます。その時は泣き止みますが、おやつが欲しい時に泣くことが多くなります。これは、おやつという刺激が泣くという行動に正の強化をもたらしているためです。子どもから見れば、泣くことで親に『泣かれたくない』と感じさせ、おやつを買うという親の行動を強化している、つまり負の強化です。親子で互いに強化しあっていることになります」(大谷氏)
強化が単純なものでないことは、ドラえもんとのび太の関係からよくわかる。ジャイアンにいじめられたのび太がドラえもんに泣きつき、ドラえもんが出した道具で、ジャイアンを懲らしめた、だけで終われば良いのだが、この経験からのび太の「困ったときにはドラえもんの前で泣く」という行動が強化され、マンガ連載開始以来半世紀以上経過してもこの関係が続く。
強化とは逆に、刺激を与え、行動の頻度を弱めることを「罰」と呼ぶ。子どもがいたずらしたら、親は罰として叱り、いたずらをやめさせようとする。子のいたずらがエスカレートする場合、罰ではなく「正の強化」として作用しているため、別のアプローチを考える必要がある。
失敗の原因は何か
テストでよい点数を取ることをほとんどの子が目指すが、教育心理学の知見によれば、そのために大切なのは、よい点数を取れた時、あるいは取れなかった時、その理由をどうとらえるのかだ。
ものごとの成功・失敗の原因を何らかの要因とつなげて考えることを「原因帰属」と呼ぶ。テストの成績が思わしくなかった時、その原因は2つに大別できる。「能力の低さ」と「努力不足」だ。前者は統制不可能、つまり本人の努力ではどうにもならないのに対し、後者は統制可能、つまり努力次第で改善できる。1991年に当時東京大学の研究員だった奈須正裕氏らが行った研究では、この原因帰属がやる気やその後の成績に影響を及ぼしていた。簡単に言えば、中間試験で成績が悪かった人のうち、「能力が低いから」と統制不可能な要因に帰属した人はあきらめの感情が強く、期末テストの成績も上がらなかった。同じように中間試験で成績が悪くても、能力ではなく「勉強しなかったから」と統制可能な要因に帰属した人は、期末試験に向けて勉強して、成績が上がる傾向があった。
「努力すれば成績は上がる」との考え方は後天的に身に付けることができる。これとは逆の状況が、「無力感の学習」。ショッキングな動物実験の結果がある。1975年に米国の心理学者、マーティン・セリグマン氏がある実験を行った。犬を三つのグループに分け、第一のグループは犬を動けないようにして電気ショックを与えた。第二のグループは電気ショックを与えるが、スイッチを押せば電気ショックが止まるようにした。第三のグループには電気ショックを与えなかった。別の部屋に3つのグループを移し、合図をしてから床に電気を流す実験をした。低い壁を飛び越えれば電気ショックから逃れられるのだが、第二、第三のグループが壁を飛び越えたのに対し、第一のグループは飛び越えようとせず、ただその場で電気ショックに耐えるしかなかった。最初の実験で「この電気ショックからは逃れられない」との無力感を学習してしまったのが原因とみられる。これを人間に当てはめれば、「勉強しても無駄」「努力しても頭のいい人には勝てない」と周囲から言われ続ければ、無力感を学習して、努力をやめてしまうことが考えられる。
失敗も貴重な経験
逆に言えば、やる気のない子、勉強が苦手な子に、能力ではなく、努力が原因だと教えることで、学力が高められるかもしれない。実際にこうした実験を行ったのが、米国の心理学者キャロル・ドウェック氏。無気力な12人の子供を集めて、25日間にわたり毎日15回問題を解かせた。あるグループには、難しい問題も解かせることで毎日2~3回、失敗を経験させて、「能力不足ではなく、努力が足りなかったから」と原因帰属する訓練を行った。もう一つのグループには、毎日成功だけを経験させた。
その結果はどうなったか。「毎日失敗を経験しながらも、努力帰属を経たグループが自信をつけたのに対し、毎日成功だけしていたグループの自信には変化がありませんでした。努力の大切さを認識しつつ、失敗しても努力して成功に至る経験を重ねることが大切ということです」(大谷氏)
そもそも、なぜ人は勉強するのか。その動機も、やる気に関わってくるとの研究がある。ドウェック氏が示した「達成目標理論」によれば、目標には熟達目標(能力の増大を目指す、例「教科書の内容を理解したい」)と遂行目標(他者と比べての能力。例「学年5位以内に入りたい」)の2種類がある。
勉強の努力が結果につながりやすいのは、熟達目標を掲げる人。遂行目標を掲げる人は、学習成果が上がることもあれば、上がらないこともある。「他の人より悪い成績を取りたくない」と、嫌な状況から逃れるために勉強するのは逆効果になりがちとの研究結果が出ている。
こうした研究成果を見る限り、「学年で何位以内に入りなさい」と競争意識をあおる教育よりも、「順位など気にせず、理解できたかどうかを基準に勉強しなさい」と指導するほうが確実で効果的と言える。
予言の自己成就
我が子は頭が良いのか、そうでないのか。親なら誰でも気になるが、明確な答えがある。「我が子は頭がいい」と信じて接したほうが良い効果が期待できるということだ。
米国の教育学者、ロバート・ローゼンタール氏が1960年代に実験を行った。教師と生徒を集めて、教師には偽の知能テストの成績が告げられた。一定期間、行われた教育の結果、「知能が高い」ことにされた生徒は、そうでない生徒よりも成績が伸びた。教師が頭がいいと信じた生徒に強い期待を寄せ、生徒も教師の期待を敏感に感じ取ったことが原因とみられる。こうした現象は、「ピグマリオン効果」と呼ばれる。
同じことは、親と子の関係にも当てはまると考えられる。「親が子を見るまなざしには期待が反映されます。子どもは期待を敏感に察知し、それに応えようとします。親の『子の成績は伸びるはず』との思いが実現すれば、予言が自己成就したように見えます」(大谷氏)。ただし、親が抱く過度な期待は子の学業達成に悪影響を及ぼすことも、これまでの研究から明らかになっている。
マインドセット
ここまで紹介してきた研究結果の多くは、やる気を出したり学習の効果を高める上で、心の持ち方が重要であることを示している。前出のドウェック氏は、「能力」に対する態度は2つに大別できると指摘した。一つは「増大マインドセット」。能力は努力次第で変えることができるという姿勢だ。もう一つは「固定マインドセット」。能力は生まれつき固定されており、努力で変えることは難しいという態度だ。何かに成功した時や失敗した時に、増大マインドセットの人は「努力した成果」「努力が足りなかった結果」ととらえる。固定マインドセットの人は「自分に備わっている能力で成功した」または「自分に能力がないために失敗した」と考えがちだ。学習効果が上がるのは増大マインドセットの人。失敗した時には落ち込むが、原因を探して対応することができる。固定マインドセットの人は失敗した時、「能力が不足していた」以外の原因を探ることなく、諦めてしまいがちだ。
ではマインドセットは「増大」、または「固定」のまま一生変わらないのだろうか。教育心理学者の多くは、親や教師が子に適切なメッセージを送ったり、建設的な批判を行うなどして、固定マインドセットの人を増大マインドセットに変化させることは可能だと考えている。親が「お前は頭が良くないから」とあきらめてしまうことが、子にとって百害あって一利なしであることは言うまでもない。
大谷氏らが2020年に全国の中学生とその親400人を対象にマインドセットについて行った研究でも、増大マインドセットの傾向が強いほど、その子も1年後に増大マインドセットになる傾向が強かった。同時に、親の増大マインドセットには、子の抑うつ傾向を下げる作用があることも明らかになった。
子育て中の親が、こうした知見を理解して子に接するだけでなく、マインドセットの考え方を子どもに直接伝え、熟達目標の重要性、原因帰属の方法を教えることにも効果があることが、海外での研究で実証されている。注目したいのは、マインドセットを教えることがとくに経済的に困難な状況に置かれている層で効果的との研究結果。こうした手法が、政策的にも重要な意味を持つことを示している。
ごほうびの逆効果
「次のテストで90点以上取ったら、ゲーム機を買ってあげる」─大きな報酬(ごほうび)を提示されて勉強にがんばった思い出のある人もいるはず。だが、報酬には思わぬネガティブな影響もある。
知的活動の動機には内的なもの(知的好奇心、創作意欲など)もあれば、報酬など外的なものもある。1970年代に海外で行われた研究では、幼児が自由時間に行ったお絵描きの時間に注目した。幼児を3グループに分け、第1のグループではお絵描きした人にリボンを与えると事前に約束し、実際に与えた。第2のグループでは事前に何も言わずにお絵描き後にリボンを与えた。第3のグループでは約束もリボンもなかった。
この結果、2週間後のお絵描き時間では第1のグループのみお絵描き時間が減っていた。報酬には内的動機を弱める作用があること、サプライズの報酬はその作用がないことがわかる。親は「次のテストで90点以上取ったら、ゲーム機を買ってあげる」と約束する前に、慎重に考えたほうがいい。
入門書で理解深めて
どの研究分野でも同じだが、学説にはすでに広く定着しているものもあれば、「諸説あります」の諸説の一つに過ぎないものもある。今回、大谷氏が紹介したものは、発表から一定の年月が経過し、ほぼ定着しているものが中心だ。いま、大谷氏は北大で学生たちにこうした知見を含む教育心理学を教えており、学校教員の間にも徐々に浸透してきているが、いまも努力より結果を重視した指導が行われている場面も多い。それだけに、親がこうした知識を吸収して、子をサポートすることが望まれる。
誌面の都合もあり、今回紹介したのは大谷氏が教えている教育心理学のごく一部でしかない。一般の人が学びを深めるにはどうすれば良いのか。大谷氏が勧めるのは、まず書店で「教育心理学」の本を探すこと。もちろん怪しげな「心理テスト」ではなく、大学教員などの専門家が書いた入門書で理解を深めることだ。親が率先して学ぶかどうかで、その子の学びへの姿勢が大きく変わるかもしれない。

