旭川市内の酒蔵や醤油メーカー、味噌、麹、チーズ工房などが集まる「旭川発酵醸造会」が本格始動した。「発酵・醸造」をキーワードとした観光振興を目指して今春に酒蔵や醤油工場、チーズ工房を見学する研修会を3回にわたり実施し、今秋には合同販売会を計画。旭川を「発酵・醸造の街」としてブランド化し、発酵・醸造ツーリズムで国内外から観光客を呼び込む考えだ。

明治から続く酒蔵
明治時代から続く酒蔵をはじめ、80年の歴史がある醤油の醸造所、さらには味噌工場や麹店、チーズ工房、クラフトビール醸造所などが集まる旭川は、「発酵・醸造の街」と言っても過言ではないほど、発酵・醸造業が盛んに行われてきた。
この醸造文化を支えてきたのが、大雪山連峰の伏流水。市内の酒蔵ではこの伏流水を仕込み水として使い、高品質の酒を生産している。高品質の米も醸造業に欠かせない要素の一つ。酒づくりでは、地元で生産した酒米を使用し、味噌づくりに欠かせない米麹に使用する米も地元産だ。冷涼な気候も醸造業が栄える理由で、温度が氷点下となる冬は、空気中に雑菌が繁殖しにくく、安定した環境で醸造を行えることも寒冷地ならではのメリットといえる。男山、高砂酒造、大雪乃蔵という3つの酒蔵を抱える旭川は、「北の灘」と呼ばれるほど酒造りが盛んだ。
この食文化に着目した旭川市では、醸造文化を切り口とした産業観光の振興を図るため、令和6年度予算に「醸造文化活用産業観光振興事業費」として448万円を計上。総務省の「地域力創造アドバイザー」制度を活用し、札幌でまちづくりのプランニングやコミュニティデザインを行う石塚計画デザイン事務所に業務委託。また市内の発酵醸造に関連する企業に対し、業務内容などについてヒアリングを重ね、昨年10月30日に発酵醸造の関連企業を集めて懇談会を開催した。その後も年度内に4回ほど実施し、顔合わせや情報交換、どのように発酵醸造文化をキーワードに産業観光の推進を図っていくかなど、積極的に話し合いを重ねた。回を重ねるごとに参加企業が増え、現在は市内の十数社にまで輪が広がっている。
製造現場を見学
発酵醸造の街づくりを目指す取り組みは、今年度に入って活動が本格化している。会の名称を「旭川発酵醸造会」と改め、昨年度同様に448万円の予算が盛り込まれた。
4月には、会員企業の製造現場を見学する「チームアップ研修」を2回にわたって実施。初回の2日は、合同酒精と高砂酒造、日本醤油工業を訪問し、各社の技術などについて理解を深めた。
続く2回目は23日に行われ、江丹別の伊勢ファームと荒川ファームを訪問。工房やチーズ製品の見学に加え、乳酸菌に漬けこんだ肉との食べ比べや、チーズの「ろう付け」に挑戦するなど、貴重な経験を積んだ。
6月5日には3回目となる研修が、ジャパチーズの旭川市7条7丁目にある工房と、まちなかぶんか小屋を会場に開催。工房見学では、チーズ職人として20年以上のキャリアを持つ店主の長尾英次さんが、同店のチーズの特徴について分かりやすく説明。その後、まちなかぶんか小屋に移動し、ナチュラルチーズ造りに挑戦した。
テーブルの上には、前夜に殺菌処理を施し、モッツアレラチーズ用の乳酸菌を投入した牛乳を入れた湯煎の寸胴鍋が用意され、参加者は2班に分かれて温度を38度から41度の範囲に保つように測定し、攪拌をする作業からスタートした。
続いて、レンネットと呼ばれる凝乳酵素の溶液を鍋に投入。「乳酸菌は空気を嫌う菌のため、泡を立てないように気をつけて下さい。乳酸菌が好む環境を作ることが大切」という長尾さんのアドバイスで、参加者は、慎重な手つきで攪拌を続けた。
蓋をし、30分ほどで固形化が始まると表面の感触を確認。「温かい」「柔らかくてプリンみたい」など驚きの声があがった。
最後に、格子状にカットするカッティング作業に挑戦。鍋の中で乳清(ホエイ)と分かれた白い塊のカード(凝乳)はまだ柔らかな食感だが、長尾さんの説明では、この状態ですでにナチュラルチーズなのだという。「皆さんが思い描くナチュラルチーズとはイメージが異なるかもしれませんが、この白いカードが定義上のナチュラルチーズです。お玉ですくってカップに入れて味見をして見てください」と呼びかけると、口に含んだ参加者からは、「甘くて美味しい」という声が次々とあがった。ワークショップは和気あいあいとした雰囲気の中で行われ、参加者は何度も鍋の中のチーズをおかわりし、時間の経過とともに変化するチーズの味を楽しんでいた。
「哺乳期の子牛は、液状の生乳のまま栄養を吸収することは難しい。そこで胃袋に存在する乳酸菌で発酵させて、4番目の胃袋内にある凝乳酵素レンネットで固めて、おなかの中で〝チーズ〟を作り、ゆっくりと胃袋、小腸、大腸を通過させることで消化吸収をします。この4番目の胃袋を〝湯煎の寸胴鍋〟で再現し、皆様が作って食べたものが〝チーズの赤ちゃん〟、〝ナチュラルチーズ〟です。菌の環境を整え、子牛の第4胃を再現することがチーズ職人の仕事です」と笑顔で語った。
同日夜には今年度初となる懇談会が開催され、酒造や醤油、味噌、麹、甘酒、チーズに関わる参加企業をはじめ、学識経験者、行政の担当者を含めて19人が出席した。24年度の活動やチームアップ研修などの活動について報告が行われた後、新たな取り組みについて活発に議論。SNSを通じての情報発信の方法など幅広く意見を交換した。
特に議論を重ねたのが今秋に予定している合同販売会の検討で、会場として候補としている3箇所について、什器の搬入やコスト、集客の見込みなど、様々な視点から比較検討し、熱のこもった意見交換が続いた。また、開催時期についても慎重に検討を重ねた。
会員の間では士気が高まっており、日本醤油工業の茂木浩介社長は、「まちをつくるのは民。民が築いてきた旭川の歴史の一つが醸造です。観光とは、『そのまちの光を観ること』と教えていただいたことがあります。旭川の光の一つが醸造文化です。かつて17もの酒蔵があったことは、民が築いた産業史の誇るべき遺産です。発酵醸造のまちを目指す取り組みは、先人が築いた光を次世代へ継承していく取り組みだと考えています」と話す。
また、高砂酒造企画部企画・広報課係長の中山仁美氏は、「ワークショップは、他業種の醸造発酵の技術を学ぶ貴重な機会となっています。旭川では観光客が車で移動するケースが多く、まずは参画企業の直営店などに他の発酵醸造メーカーのパンフレットを置いて、それぞれの企業を紹介し、今後はこの会でオリジナルマップを制作して周遊できる体制を整えることで、他の発酵醸造メーカーへ誘導し、旭川での観光を意義のあるものにできると期待しています。発酵醸造が旭川の観光資源となるように盛り上げていきたい」と期待する。
旭川の強みは?
全国には、醸造や発酵をテーマに観光振興を行う街もある。例えば、新潟県長岡市の摂田屋は、古くから醸造業が集まるエリアで、積極的に観光客を受け入れている。
すでに発酵醸造ツーリズムが定着している街に比べて、旭川は後発となる印象もあるが、他の街にない強みがあることは確かだ。旭川の独自性は、日本酒や醤油、味噌、麹やチーズ、クラフトビールなど業種が広範囲にわたること。その分、ユニークな魅せ方が期待される。
市観光課では、「旭川の発酵醸造文化は、街の発展と共に歩んできた歴史があります。戦後は従来の産業を維持しつつ、チーズ工房など新たな分野が登場し、健康志向の高まりで麹製品なども注目されています。これらは一時的な流行ではなく、旭川の歴史の中で受け継がれてきた伝統の延長線上にあります。世界に向けて〝発酵醸造の街・旭川〟をPRしていくことができれば」と話す。
旭川の観光は好調で、コロナ前水準まで回復。欧米豪からのスキー客増加が追い風となり、特に外国人観光客の入り込みは活況が期待される。訪日熱が高まる中、旭川観光はまさに好機を迎えている。時機を逃すことなく、旭川が誇る発酵醸造を活用し、発酵醸造ツーリズムが花開くことが期待される。

