年商70億超 エスデー建設本社が「札幌流出」

 多くの自治体が企業誘致に力を入れる。旭川市も例外ではなく、あの手この手でこの地域の魅力をアピールしながら、本州から大手企業の誘致に成功、雇用機会や税収の確保につなげている。ところが、民間の施主から旭川市内・市外で多くの工事を受注している㈱エスデー建設(古林幹弘社長)が、今年秋にも本社を旭川市豊岡4条5丁目から札幌新琴似に移す。4年前に1億円以上で購入した旧優佳良織3館の土地と建物の再開発について、旭川市が事前に提示したプランの実現に必要な支援が得られないのが大きな問題。広大な土地については自主的な開発を見送った。旭川市から札幌圏への企業流失の流れは今に始まったことではないが、今回のようなケースは前代未聞。旭川市は「事業者側との交渉はまだ続いている」と強調するものの、温度差は明らか。なぜこんな状態になってしまったのか─。

「郷土愛変わらない」
 エスデー建設(以下、通称に従い「SD建設」と表記)は現在も社長を務める古林幹弘氏によって1983年、SD住建として創業した。当初は古林氏だけが社員で、住宅リフォームや新築を手掛ける会社だった。1989年に受注した大型工事で発注者が倒産するというピンチに直面したものの、金融機関の支援もあり復活。やがて公共工事にも進出したが、「このままでは企業の成長は難しい」との判断で民間工事に専念するようになった。
 成長への転機となったのが1990年、札幌でのマンション建築を契機に始めた全道各地での受注だった。同じ旭川市内の企業で、急成長の段階に入っていたツルハをはじめとする大手企業からの受注が増え、SD建設も成長軌道にのった。
 2025年の年商は70億円以上。道北には数十億~百億規模の建設会社は複数があるが、いずれも道路、トンネル、河川など公共工事が屋台骨を支える。毎年一定額の受注が安定して見込める公共工事と対照的に、自ら営業活動で顧客を確保しなければならない民間工事では、SD建設が道北でトップクラスだ。近年の工事実績のリストには昨年秋オープンの商業施設「フレスポ旭川龍谷」や、「ツルハ旭川中央ビル」、マンション「ル・グランデュール一条通」のほか、「コメリパワー恵庭店」「コメリパワー北野店」、道内各地の商業施設が並ぶ。永山の国道39号沿いにあるパチンコジャンボ跡地でも、エディオンの新店舗建設を請け負うことが決まっている。
 創業50周年となる2033年には「年商100億円」との目標を掲げており、現在はその基盤づくりに取り組んでいる最中だ。
 SD建設は、施主から工事を受注するだけの建設会社ではない。広大な土地が活用できずに悩む地主と、新たな進出先を目指す企業を結びつけるデベロッパーとしての役割も果たしている。
 そのSD建設が、2026年に本社を札幌市新琴似に移転することを決断した。すでに敷地も確保している。しかし、なぜ今なのか。旭川発祥の多くの企業が、より大きな活動の舞台を求めて札幌圏に本社を移している。典型例のツルハのほか、木材商社・住宅部材メーカーのアサノ(現在の本社は大阪市)、医薬品卸売会社のモロオ(札幌市、旧師尾薬房)などが、同じような道を歩んだ。SD建設も、札幌の北区に支社を置いているが、もっと早く、たとえば90年代に札幌に本社を移す選択肢もあったはずだ。そうしなかったのは「郷土愛」が理由。小世帯だった「SD住建」を育ててくれたこの地域から本社を移したくないという、そろばん勘定とはかけ離れた思いがあった。古林社長は「旭川が好きなのはいまも変わらない」と強調する。
 それにも関わらず本社の札幌移転を決めたのは「旭川市の行政に対する不信感と疑問、そして街づくりの将来に向けた構想が見通せないのが理由」だと、古林社長は直言する。その真意に触れる前に、時計の針を数年前に戻す。

期待膨らんだが…
 旭川と札幌方面を結ぶ国道12号に面した台場の丘に広がるのが旧北海道伝統美術工芸村(優佳良織)だ。主要3施設のうち2016年12月に優佳良織工芸館と国際染織美術館がオーナー企業の経営破綻で閉鎖された。その後も結婚式場として営業していた雪の美術館は、「アナ雪」のお姫様ブームも追い風にして観光客を集めていたが、優佳良織全体の再建にメドが立たないまま20年6月、運営企業の撤退で閉館され、その後5年半にわたり、このあたりに人影はほとんど見えない。コロナ明け後のインバウンドブームにも門戸を閉ざし、この冬も「無人の城」の状態だったことが悔やまれる。
 旧優佳良織について、いったんはエーコー財団が施設取得と運営再開を目指したものの、旭川市との交渉が20年8月に破談。廃墟化も懸念されたころ、旭川発祥の巨大企業ツルハと、ツルハと密接な関係を持つ地元の建設会社、エスデー建設など(以下、「事業者」)が旭川市からの依頼を受け、取得と再開発に応じた。21年8月には旭川市と事業者が旧優佳良織3館の再活用に関して協力することなどを盛り込んだ連携協定を結び、翌年2月には事業者が破産管財人から北海道伝統美術工芸村の土地約2万4600坪余りと建物3400坪を1億500万円で取得した。巨大企業のツルハが協力してくれるなら、優佳良織の建物や敷地が有効活用され、南が丘で何らかのかたちで旭川を代表する民芸品の歴史が存続すると、多くの関係者が期待した。
 それから現在に至るまで、優佳良織に多くの市民、観光客が集まっていたころのにぎわいを知り、今後に関心を抱く多くの市民から、記者は何度も尋ねられた。「優佳良織、いまどうなってるか知ってる?」。記者は何度も市の担当者や市議に尋ねたが、いずれも口が固く、「交渉はしている」と言うだけ。ただ、これだけ長い期間、何も動きがない以上、多くの市民が構想は実現しないのではないかとの予感を抱いているはず。後述するように市は「事業者側との交渉はまだ続いている」との立場だが、楽観しているのは市だけだ。

プラン示したが…
 こうした案件で、民間企業と地方自治体の交渉がうまくいかないことはもちろんある。民間側の求める条件を、法制度や都市計画のために行政が受け入れられないことも珍しくない。
 21年8月まで市を代表して事業者との交渉で中心的な役割を果たしたのは当時の表憲章副市長だった。今津市長の就任後、退任した表氏に代わって菅野直行副市長が旭川市の交渉窓口となった。
 23年春、事業者側では3館を残した上での再活用という旭川市の提案に理解を示したうえで、3館を維持しつつもその北側に新たな大型施設を併設して活性化の起爆剤とすることを提案したのだが、これに対して旭川市からは当初、旭川市運営の道の駅、美術館、資料館などを検討したいとの姿勢が示されたものの、その後、市から出てくる話は玉虫色となってしまった。
 旭川市内外の民間企業が進める旭川市中心部での再開発計画について、他のデベロッパーからは「旭川市が提供する支援が他の同規模の都市に比べて少なすぎる。これでは到底、中心市街地は活性化できない」との不満の声をたびたび聞くが、旭川市の財政事情は極めて厳しく、「ない袖は振れない」という旭川市の言い分も理解できる。
 しかし、優佳良織をめぐる一件は、他の再開発構想とは事情が大きく異なる。もともとこれは民間の主導で始まった計画ではなく、具体的なリニューアルプランまで示してまで積極的に再開発を働き掛けたのは旭川市の方だった。
「プランは確定したものではない」(旭川市)
 以上は事業者側の主張をもとに本誌がまとめた情報。では旧優佳良織の開発の遅れやSD建設の本社移転の意向をどう受け止めているのだろうか。本誌は12月25日に菅野直行副市長に市役所で取材した。
 「これまで協議をしたり情報交換したりしてきた。事業化に向けての動きは止まってるわけでなくて、まだそれが具体的に説明する状況ではない」
 交渉の具体的な内容や相手について尋ねると、「対外的に説明することはできない」とのことだった。
 前市政の時代にかなり踏み込んだ内容のリニューアルプランを提示したのと比較して、現在の旭川市の姿勢は一歩後退したようにも見える。このリニューアルプランについての見解を尋ねると─。
 「こちら側で準備したものだとは思っているが、あくまでもフィックス(確定)したものではない」
 購入から長い間が経過しても開発が進んでいない現状を考えれば、優佳良織の敷地を、3つの建物を保ったままで再開発するのは事実上不可能と考えられる。仮に新しいオーナーが現れれば、建物の解体を経て、フリーハンドでホテルやマンションとして敷地を開発することになりそうだ。
 いまから過去を振り返っても仕方がないが、結局のところ、斜面の上に老朽化が進む大きな建物を3つも抱える優佳良織の再開発は不可能だったのかもしれない。だとすれば、前市政とは方針の違う現市政は、発足と同時にその旨を事業者側に説明し、連携協定を破棄するべきだった。そうすれば22年2月に事業者が旧優佳良織の3施設を購入する必要もなかった。旧優佳良織とそれに付帯する固定資産税という「お荷物」を押しつけられたかたちの事業者側が不満を感じるのは当然と思える。

今後は事業者の協力得るのが困難に?
 民間企業がいったんは再開発への協力に前向きの姿勢を示したのに、その後は前進が見えてこないのは残念な話。相手が全国的に名前を知られる旭川発祥の企業、ツルハだとすればなおさらだ。ツルハHDの年商は25年5月期に初めて1兆円の大台を超えた。25年12月1日にはウエルシアHDとの経営統合を完了し、売上高が2兆円を超えた。もちろん、投資家への説明責任が科されている上場企業が「故郷」のために何から何まで尽くしてくれるわけではないが、旭川発祥でこれほど成長した企業が地域の「財産」「誇り」であることは確か。地方財政の苦しさを考えれば今後もさまざまな場面で旭川市は民間企業からの協力を得なければならないはずだが、今後は協力が得にくくなることも考えられる。
 SD建設の本社移転後も豊岡のオフィスは存続し、雇用機会も当面維持されるが、法人住民税(市町村民税)は本社所在地に納付されることから、税収減という直接的な影響がある。なお、SD建設は本体だけでなく関連会社2社も札幌に移す意向だという。
 どちらにとっても残念な結末となりそうな旧優佳良織の再開発構想。長い目で見れば損をするのは旭川市や地域社会なのではないか。

この記事は月刊北海道経済2026年2月号に掲載されています。
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