吉田学長「お前がやめろ」発言報道 で窮地

 旭川市民にとり幸いなことに、連日全国ニュースを騒がせていた旭川の新型コロナウイルス感染拡大は、医療従事者の懸命の努力が功を奏して、また完全に「鎮火」したわけではないものの、制圧に着実に近づいているように見える。と同時に、「感染者数」や「PCR検査」といった本筋の話ではないサイドストーリーへの関心が高まっている。昨年12月上旬に市民の注目を集めたのは「文春砲」、そして吉田晃敏旭川医大学長の「お前がやめろ」発言に関する報道だった。

文春の意外な標的
 「週刊文春の記者たちが旭川入りして取材している」との情報が旭川市内を駆け巡ったのは昨年12月中旬のこと。記者たちが照準を合わせているのは、その時点ではコロナウイルスが猛威を揮っていた吉田病院ではないかとの見方があったが、12月24日号の誌面に登場したのは吉田晃敏学長だった。「コロナをなくすためには、あの病院(吉田病院)が完全になくなるしかない」といった発言が生々しく紹介され、映像データもネットで公開された。酩酊が疑われる吉田学長の話しぶりも問題視された。
 その直後、旭川医大はマスコミ向けの発表のなかで「吉田病院の閉鎖などを望んだわけではない」と説明しながらも、「不適切な発言だった」ことを認め反省の姿勢も示した。吉田学長はこの報道の後、文科省に自発的に説明を行った模様。一時は騒々しかったネットの吉田学長批判は、新しい話題に関心が移るとすぐ下火になった。この時点では、吉田学長の受けた傷はもう広がらないというのが大方の見方だった。
 文春に続いて吉田学長に狙いを定めたのが、かつて旭川医大で助教授を務めた現在80歳の水元俊裕医師。12月28日、水元氏が道内の医師らとともに吉田学長解任を求める署名集めを始めることが報じられた。
 しかし、医大関係者や旭川医大のOBの間で、署名に賛同する動きは広がっていない。というのは水元氏と吉田学長、というよりも現在の旭川医大の執行部の間には「因縁」があるためだ。現在も旭川医大第2内科に籍を置く40代の医師が、2009年に医大実験室での爆発事故で有毒ガスを吸って後遺症が発症したとして、医大と指導者だった当時の講師を提訴し、現在も法廷での係争が続いている。水元氏がこの医師の父親であることは医大関係者の間では周知の事実。爆発事故の責任をめぐる司法の判断が確定していないこともあり、署名への支持は医療関係者の間では広がっていない。

反旗翻した身内
 ところが、次に吉田学長に矛先を向けたのは「身内」であるはずの旭川医科大学付属病院の古川博之病院長だった。新聞取材に応えるかたちで、11月8日、市内基幹病院間の協議で重病でない患者1人の受け入れに同病院として同意したが、吉田学長に報告すると許可を得られず、後日もう一度伝えたところ「受け入れてもいいが、その代わりお前がやめろ」と言われた、などと語ったのだ。
 古川病院長が複数の新聞の取材に応じ、上司である学長の問題発言を暴露したのだから、これは覚悟を決めた上での「反旗」とみられる。
 コロナ前まで、古川病院長は吉田学長に近い立場にいる人物だった。そもそも、古川病院長は肝臓移植の権威、藤堂省氏の部下として、共に米ピッツバーグ大学に勤務していた。やがて北海道大学医学部に教授として招かれた藤堂氏と共に来道し、「旭川医大にも肝移植を定着させたい」と考えた吉田学長の意向もあって旭川医大教授となった。結果的に肝移植は旭川医大に定着しなかったが、今年春に定年を迎える古川教授が附属病院病院長として勤務しているのも、吉田学長の方針に沿ったもの。その二人の関係が、吉田病院からの患者受け入れの是非をめぐってこじれてしまった。
 覚悟を決めて反旗を翻した古川病院長については、遅くとも今の任期が切れると同時に旭川医大病院を去るだろうとの観測がある。医療関係者の間では、古川氏が吉田病院に理事長として招かれるという情報さえ駆け巡っているが、どれだけ信ぴょう性があるのかは疑問だ。
 文春報道の直撃をかわしたかに見えた吉田学長は、解任要求署名の動きにも動じず、むしろリーダーシップを発揮してコロナ禍を乗り越えようと意気盛んだったが、今回ばかりは無傷ではいられないかもしれない。文科省の担当者が、吉田学長の古川病院長に対する発言をパワハラではないかと問題視し、旭川医大に説明を求めているためだ。文春の報道についても、記事掲載後に旭川医大が吉田学長名のコメントで行った説明は不十分だとして、月末までに改めて文書で説明するよう求めている。

北大学長解任との違い
 今後、旭川医大は当事者である吉田学長、古川病院長の主張も反映した報告書を作成して文科省に提出することになる。
 文科省が厳しい姿勢で旭川医大の問題に臨んででいる背景には、北海道大学の事例がある。
 北大では職員へのパワハラなど不適切な行為を理由に学長を務めていた名和豊春氏が調査委員会にかけられ、調査結果を受けて北大学長選考会議が文科省に解任を申し出た。文科省は昨年6月に、名和氏を解任した(名和氏は処分を不服として国と北大を提訴)。吉田学長の発言がパワハラだとすれば、何らかの処分が必要というわけだ。
 しかし、名和氏について調査委が指摘した問題行動は30件に達し、うち28件が文科省に事実と認められた。このため名和氏の一件と吉田学長の行為を単純に比較することはできないとの指摘もある。
 ある医大関係者は次のように説明する。「古川病院長が非常勤で勤務していた吉田病院にも配慮するのはわかる。しかし、旭川医大病院としても譲れない一線がある。吉田病院に配慮するなら、病院長を続けさせるわけにはいかないとの苦渋の決断を、吉田学長は下したのではないか。ただ、その言い方には問題があったのかもしれない」
 吉田学長の現在の4期目の任期は2019年7月から2023年6月末まで。学長就任は2007年のことだから、任期満了まで勤めれば16年、国立大学としては異例の超長期政権となる。再任回数に上限はなく、吉田学長は周囲に5期目への意欲も示していた。昨年、旭川医大では教授が相次いで不祥事で停職処分を受けたり解雇されるなどの事態が相次いだが、それでも学内に有力な対抗勢力が形成される気配はなく、5期目の可能性も十分にあった。
 しかし、病院長の反旗で状況は一変した。5期目に対して文科省が長すぎると難色を示すのは確実。今後の対応を誤れば、任期途中での退陣を余儀なくされる可能性さえ出てきた。

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この記事は月刊北海道経済2021年02月号に掲載されています。