代金払って購入した車を「返せ」と言われる理不尽

 今年6月末に事業を停止し旭川地裁に自己破産を申請する予定になっている㈲島田自動車工業(旭川市東鷹栖5線18号、島田文則社長)に絡んで多大な被害を受けているという女性ユーザーがいる。聞けば「島田自動車から買ったクルマを返してほしいとディーラー側が言ってきた」というのだ。代金の大半はすでに島田自動車に支払い済み。それをいまさら返せとは─女性は理不尽な仕打ちに悩んでいる。

島田自動車工業

売買できない車を買ってしまった
 島田自動車工業は1977年に創業、91年2月に資本金300万円で有限会社とし、自動車整備、車検のほかスズキ旭川北自動車副代理店として、新車や中古車の販売も行っていた。
 東鷹栖地域を中心にユーザーから信頼を集め、5年前にはホイールアライメントの検査機器を開発し特許を取得するなど、業界からも一目置かれる存在だった。
 現在は、市内の弁護士が代理人となり近く自己破産の申請を行う予定になっているが、企業破綻の一番の要因は創業者である島田敏文氏が5月23日に67歳で急逝したこと。死因は自動車事故によるものだが、大黒柱を失った影響は大きく、急きょ息子の文則氏(44)が社長に就いたが、先行きの見通しが立たず自己破産を決めた。負債総額は1億5000万円ほどとみられる。
 企業が破綻すると多くの債権者が生じる。旭川市内のクリニックで看護師として働く女性、A子さん(46)も債権者名簿に名前が載る一人だ。6月24日付で市内の佐藤真吾弁護士からA子さんに一枚の通知書が届いた。
 それは「当職が代理人となって島田自動車の破産手続き申し立てを行うことになったので貴殿の債権内容を教えてほしい」とする「受任通知」だった。何が起こっているのか意味がわからず不安になったA子さんはすぐに差出人の弁護士に話を聞きに行った。
 その時A子さんは弁護士から「あなたが島田自動車から買ったクルマは今後、スズキ側から返還を求められる可能性がある」と聞かされた。
 すぐに車検証上の所有者であるスズキファイナンスに連絡を入れたところ「あなたが島田自動車から買ったとするクルマは、同社へのリースなので売買できないことになっている。検討し後日連絡する」との回答だった。そして7月28日になって旭川スズキ販売(稲葉弘社長)からA子さんに次のような内容の通知書が届いた。

購入勧められたスズキのデモカー
 「当社の関連会社であるスズキファイナンスが、当社を通じて島田自動車にリースしていた車両が貴殿のもとに保管されているとのことなので返還いただきたい」
 「島田自動車は貴殿に車両を売却していたということですが、当社は同社に車両をリースしていただけで同社に売買等を行う権限はありません。どのような経過でそのような状態に至ったにせよ、所有権を有するスズキファイナンスに返還しなければならない義務があると思料します」
 「貴殿が車両を保管しているのであれば返還してほしい。返還いただけない場合は法的措置を講ずることを予告します」
 通知書には返還期日も指定されており、A子さんは戸惑いを隠せなかった。車検証を見直すと確かに、使用者は島田自動車、所有者はスズキファイナンスとなっており、購入したA子さんの名前はどこにも出てこない。A子さんが「島田自動車にだまされた」と思ってしまうのは当然だ。
 A子さんの話によれば島田自動車からクルマを購入した時のいきさつは次のようになる。
 ─以前からクルマの修理などを島田自動車へ依頼していました。そのたびに、亡くなった社長さんから、新しいクルマを買ったほうがいいと勧められていたのですが、今年3月に所用で工場を訪問した際に「デモカーで、よいクルマがちょうど戻ってきたので、これを買わないかい」と言われ、購入を決めました。
 購入金額は140万円で、それまで乗っていたクルマを10万円で下取りし、諸経費も込みということでした。「頭金を入れてくれたら残りは分割でいいよ」ということでしたので4月1日に90万円を支払いました。その後6月10日まで3回に分けて10万円ずつ、これまでに計120万円を払っています。
 前社長からは最初に「名義に関してはデモカーの登録期限が8月29日までなので、その期間が終わったら変更する」という説明を受けました。任意保険は島田自動車が掛けている保険をそのまま使ってもよいということでした。
 A子さんは島田前社長の言う通りにしてデモカーを購入した。いや、購入したつもりになっていた。後の手続きはすべて島田自動車がやってくれる。祖父の代からの長年の付き合いで、信頼もしている。なんのトラブルも起きるはずはない。そう思ったとしても当然だ。

払ったお金は運転資金に?
 しかし現実問題としていまトラブルに巻き込まれている。「クルマを返してほしい」。そう言われて「はい、わかりました」と素直に応じることは到底できない。どうすればよいのか。悶々と悩む毎日が続く。
 A子さんが買ったデモカーとは、販売店が試乗車・展示車として使うクルマのこと。スズキが販売するクルマの代理店としての実績もあった島田自動車だが、旭川スズキ販売が通知してきているように、借りているデモカーを島田自動車が勝手に第三者に販売する権限はない。所有権もリース会社であるスズキファイナンスにある。
 島田自動車とスズキファイナンスとの間で正規の手続きがなされない限り、使用者も所有者もA子さんに移るわけはない。島田自動車はA子さんから代金を受け取ったまま必要な手続きをいっさい行っていなかったのである。頭金90万円と3度に分けて支払った30万円はそのまま島田自動車の資金繰りに回ったものと考えられる。
 同社に関しては同業者からの評判も良く、ユーザーからの信頼も厚かった。しかし「自転車操業で、従業員にカードでキャッシングさせて運転資金にあてたり、その家族にローンを組ませたりしていた」とする話があったり、経営の内情はかなりひっ迫していたようだ。今後、債権者集会が予定されているが、場合によっては混乱する要素もありそうだ。

同じような被害者ほかにもいるはず
 それはともかく、青天の霹靂のごとくトラブルが降りかかってきた債権者の一人A子さんはこれからどうすればよいのか。警察やスズキ自動車、弁護士、司法書士、消費者センターなどに状況を話して相談しているが、明るい出口はなかなか見えてこない。
 ある法律家に相談したところ、「支払ったお金は相手が倒産状態なので返還させるのは難しい。クルマを手放したくないというのであれば即時取得で争う方法しかない」と教えられた
 「即時取得」とは、モノを買ったり譲ってもらったりした相手が実際にはそのモノの所有者でなかったとしても、取引行為に過失がなかった場合は買った人が即時に所有権を取得できるというのものだが、この即時取得を成立させるためには、A子さんには一切過失はなかったということを証明しなければならない。
 しかしA子さんには「購入時に車検証の内容をよく見ていなかった」という不利な材料がある。
 代金を支払いクルマが手元に届いた時点でしっかりと「使用者・島田自動車工業」、「所有者・スズキファイナンス」という記載を確認していれば、島田自動車との売買が正規の手続きを踏んだのものではないと気が付いていたはず。これがA子さんの過失と認定されれば「即時取得」は成立しがたいことになる。
 信頼関係が築かれていたなかで「相手を怪しむ」ということはなかなかできることではない。しかし四角四面の法律を盾に争った場合、個人の感情は無力だ。それでも、A子さんはだれがどう見ても気の毒な被害者である。「なんとかしてやれないのか」と思う気持ちは万人に共通するものではないか。
 A子さんは言う。
 「スズキ側からは、あと110万円払えば正式にクルマを取得することができるという話をいただいていますが、それは無理な話です。聞くところ、私と同じような被害者がほかにもいらっしゃるようで、その方たちと連絡がつけば力を合わせてやっていきたい」
 本誌はこの件について複数の関係者に取材を申し入れたが、いずれも「何も話はできない」との回答だった。

この記事は月刊北海道経済2022年10月号に掲載されています
この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!