上川で地熱発電「三度目の正直」なるか

 1966(昭和41)年創刊の本誌には、過去何度か登場した夢の話題がある。何度も登場したということは、夢がすんなりとは実現しなかったということだ。例えば、上川町における地熱発電の話題。1990年には一般市民が、地熱発電を通じた地域おこしを誌面上で提言している。いまから10年前には国立公園内での開発規制緩和を見越した上川町白水沢で地熱発電の機運が高まったことを伝えた。結局、この構想はしぼんでしまうのだが、それから12年が経過した22年、上川町内の別の場所で再び調査が行われた。結果は発表されていないものの、気候変動が世界的な規模で人類に脅威をもたらしていること、原子力発電になおも厳しい規制がかかっていることから、クリーンな地熱発電への注目は以前にも増して高まっており、調査結果に注目が集まる。

大雪山は豊かな地熱資源も秘めている

半世紀以上前に浮上した構想
 新たな動きに注目する前に、上川町内における地熱発電の動きを駆け足で振り返ってみよう。
 「地熱で夢開く上川町」─町役場の前にはかつてこんな看板が掲げられていた。ホットなスポットになったのが、層雲峡からやや下流の地点で石狩川に注ぎ込む「白水沢」。合流点から約4キロメートル遡った標高1040~1100メートルの地点で、1961~63年に道立地下資源調査所が行った調査で温泉の兆候が発見された。70年、72年には5本の地熱ボーリングが実施され、約170℃の過熱蒸気が毎分10~30トン噴出し、地下に220℃程度の過熱蒸気が大量に存在することが予想された。
 この時、噴出したのは蒸気だけで、熱水は出てこなかった。温泉旅館を開くには適していないが、蒸気の熱エネルギーを利用するにはそのほうが都合がよかった。日本国内で確認されている蒸気だけの温泉は他に岩手県の松川だけ。その松川では66年から商業ベースに乗った日本初の地熱発電所が稼働しており、上川町でも俄然期待が高まった。道による発電用地熱開発計画の策定、民間コンサルタントによるプランニングを経て、88年には「大雪エネトピア計画」が発表された。
 ところが、これらの構想は96年に凍結された。最大の障壁となったのは、72年に当時の通産省と環境庁の間で結ばれた「合意事項」。そのころ全国の国立・国定公園内で地熱発電に向けた調査が始まったことに危機感を抱いた環境庁が通産省と協議を行い、すでに地熱発電に向けた調査が行われていた6ヵ所を除いては新規調査や開発を推進しないことが決まった。
 この状況が変わるのに約35年の時間がかかった。2008年ごろから電力会社や有識者が集まって報告をまとめ、国立・国定公園内での開発について環境省の理解を得るべく調整を図るなどの内容が盛り込まれた。2009年に発足した民主党政権が温室効果ガスの削減に前向きな姿勢を示したことも、新規の地熱開発の追い風となった。
 13年、白水沢の地熱利用に大手商社の丸紅が名乗りを挙げた。地熱利用はリスクが高く、1回のボーリングだけでも多額の資金が必要になることから、大企業の参入は画期的だったが、結局は開発を予定していた地点が厳しい制限対象の「第一種特別地域」に指定されたこと、16年に台風の影響が白水沢に及んだこと、発電所の設置に必要な土地の確保が困難だったことなどが影響して計画は難航し、丸紅は19年6月に正式撤退した。上川町における地熱開発の望みは消えたようにも見えた。

空から観測有望地点探す
 幸い、道内の地熱利用に注目したのは丸紅だけではなかった。2012年から独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は上川を含む国内の19地域でヘリコプターを飛ばして調査を行った。地下奥深くにどんな熱源があるか、肉眼で見ても手掛かりはつかめないが、重力の微妙なばらつきを手掛かりに地質構造を把握、電磁調査で岩石の電気抵抗の分布を調べ、地磁気の分布に注目することでマグマだまりの震度を推測することができる。こうした調査である程度有望な地域がリストアップされ、第2段階となるボーリング調査に一部の地域が進んだ。
 上川付近で調査地点として選定されたのはエイコの沢だった。22年度は「地熱資源ポテンシャル調査のためのボーリング調査」が民間企業に発注され、すでに調査を終えた。現在は取得したデータの分析を行っている最中。本誌がJOGMECに電話取材したところ「いつ結果が発表できるのか、発表するのかしないのかを含めて未定」とのことだった。
 地熱の調査と聞けば、ボーリングで泉源を探し当てた直後、地上に蒸気や熱水が噴き出す派手なシーンが思い浮かぶが、今回行われたのは岩盤の温度を確かめるための比較的単純なものだという。とはいえ、日鉄鉱コンサルタント㈱による落札額は2億4500万円(税別)。初歩的な調査だけで億単位の資金が必要になるのが地熱発電の難しさだ。
 仮に、JOGMECがエイコの沢に興味を持つ民間事業者にデータが提供され、その民間事業者が事業化が可能かどうか検討を行う。
 エイコの沢は、層雲峡温泉の南方約7キロメートル、大雪ダムが水をせき止めてできた大雪湖の南西約6キロメートルの場所にある。これまで開発が検討されたことはなく、現状ではただ笹やぶが広がっているだけ。大雪山国立公園の内部だが、白水沢のような厳しい制限対象にはなっていないのが好材料だ。

地域貢献に期待
 上川町役場はJOGMECの動きに注目しながらも冷静。「調査結果に注目はしていいるが、まだ積極的に動くような状況ではない。今後、民間事業者が開発に乗り出すような状況になるなら協力を検討するが、災害時の電力供給などを通じた地域貢献に期待したい」。
 道内では、道東の弟子屈が一歩先を進んでいる。川湯温泉のまちとして、もともと豊富な温泉資源を活用してきた弟子屈では、北海道とともに街中での熱源としての温泉利用やバイナリー発電に向けて準備を進めているほか、JOGMECからの助成を受けて湯沼─アトサヌプリ地域での地熱の資源量調査事業に取り組んでいる。これまでに掘った井戸は3本。地元経営者らで作る合同会社弟子屈地熱推進公社が事業化を希望しているという。
 特筆すべきは地元の温泉業者の態度。地熱発電には十分な湯が確保できなくなることを懸念する周辺の温泉業者から反対論が噴出することが多いが、弟子屈では「観光の起爆剤がほしい」と、むしろ地熱発電に期待する声が上がっているという。SDGsへの関心が高まったいまなら、地熱発電は観光資源になるというわけだ。
 上川では丸紅の撤退から3年余りが経過したが、全国的に地熱発電の拡大に向けた機運は高まっているように見える。地熱発電は天候に左右されず、冬期間や夜間にも安定した発電が可能で、先行して普及した太陽光や風力よりも有利な面もある。

安売りスーパーも
 異業種からの参入も始まった。旭川市内にも出店している業務スーパーの創業者、沼田昭二氏は、小売り事業を息子に任せ、自らは全くの異分野である地熱発電事業に参入。全国各地で有望地を探し回っている。コスト削減を目指してボーリングの機器を自社開発するなどの手法は、これまでの地熱開発とは異なっている。現在は熊本県小国町で発電事業のほか、熱水を利用した農業事業や養殖事業、観光事業などにも取り組んでいる。
 一方、福島県の土湯温泉は東日本大震災以降観光客が激減し、一部の温泉宿が廃業に追い込まれていたが、地熱で作った電力を電力事業者に販売して、収益を地域おこしに役立てている。
 小国町や土湯温泉で活用され、弟子屈でも導入が予定されているのが「バイナリー発電」という手法。従来の地熱発電では地中から噴出する200℃以上の蒸気で直接タービンを回して発電機を動かすのに対し、バイナリー発電では130℃程度と低温の温泉で活用され、まず沸点の低い物質を熱で気化させ、その気体の力でタービンを回す。発電の規模は小さいものの、新たに地熱発電専用の泉源を探し当てることなく、使われなくなった既存の泉源を活用できるのも強みだ。
 そもそも、豊富な地熱資源を持つ日本で地熱発電がなかなか拡大しないのは、国立・国定公園内の環境保護を目的とした開発規制が最大の理由。しかしCO2の排出は地球温暖化や異常気象を通じて、環境にも人間の生命にも大きな脅威をもたらしている。原子力発電にもリスクが潜んでいることが明らかになったいま、地熱大国の日本はより大胆に、CO2を出さない地熱発電に取り組むべきなのではないか。
 長年の夢が実現することに期待しながら、上川町エイコの沢の状況に今後も注目したい。

この記事は月刊北海道経済2023年1月号に掲載されています
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