家が引き渡されない!公的補助も受けられず

 新築注文住宅の工事請負契約を結んだが設計通りに施工されないうえ、契約に盛り込まれた公的優遇措置を得られる制度の利用も施工業者の不手際で受けることができないまま工事を中断し投げ出されてしまった、として旭川市内に住む40代の夫妻が市内の建築会社A社と一級建築士B氏を相手取り、建物の引き渡しと得られるはずだった公的優遇措置・補助費・カーポートやり直し費用など計400万円の損害賠償を求め旭川地裁に提訴し、係争中だ。一生に一度の買物ゆえに施主(発注者)は、右も左も分からないある意味弱い存在でもある。制度のほころびを含め、こうした問題点が本件訴状に浮き彫りにされている。訴状を基に追う。

車両擦るカーポート
 訴状などによると、夫妻は旭川市内の所有地に新築の注文住宅を建てようと2020年2月、市内のA社と工事請負契約を結んだ。契約には、税の優遇措置を得ることができる長期優良住宅制度の適用を受けることが盛り込まれていた。
 夫妻は一戸建てに暮らしたいとの思いから旭川市内の複数のモデルハウスを見てきて自分たちの予算の範囲内で希望を叶えられるのはA社だけだと思い契約を結んだ。「家づくりを考え始めてから、A社のオープンハウス物件は、ほぼ見に行っていました。造作家具の数々を実際に見てきて自分たちの家もこんな風につくりたいと思った」

工事が中断されたまま引き渡されない家

 契約からおよそ2ヵ月後、地鎮祭を終え着工からおよそ半月を経た5月中旬、夫はカーポートの基礎枠を見て驚いた。夫妻は2019年12月上旬、バイクを人力で押して入れられる程度の高さの車庫・カーポートを造りたいとの強い希望をA社に伝え、同月中旬の打ち合わせの際にはカーポート部分の高さを道路の縁石の上端に合わせて平らにすることを確認している。平面図でもカーポート部分の高さを道路から10センチの高さにすることになっており契約内容も同様だった。
 ところが、実際の基礎枠を見るとカーポート部分の高さは図面より高く、道路からカーポートへの勾配がきつすぎバイクを人力で押し入れることが困難なことに加え、車両下部を擦ってしまう状態であることに夫妻は気づいた。夫妻はA社の社長に高さが図面どおりでないと相談したが、「取り合ってもらえなかった」。翌日、高さを修正しないままコンクリートは打たれた。夫妻は抗議したが、「グダグダ言うなら工事をやめるぞ!」などと言われ、カーポートの施工はそのまま中断された。
 夫妻の落胆・衝撃はそれだけではなかった。

長期優良住宅 不正に申請
 限られた予算内で新築の一戸建てを持ちたいと考えた夫妻とA社との契約には税制の優遇措置が受けられる長期優良住宅制度の適用が明記されていた。夫妻が適用を望んでいた補助金が交付される地域型住宅グリーン化事業は、長期優良住宅の認定が前提となる。
 契約から間もない3月10日、夫妻は、A社の依頼で建物などの設計を行う1級建築士B氏に長期優良住宅の認定申請・技術審査の手続きを委任。同年6月5日に認定申請がなされ、同月19日に認定された。A社は、契約からおよそ1ヵ月後の2020年3月31日付で地域型住宅グリーン化事業を申請し、同日付で補助金120万円の交付が決まった。
 カーポートの件を除き夫妻は、順調に事が運んでいると思っていた。建物外観の完成が近づいた8月、夫妻は意外な事実を知ることになる。
「この認定書はおかしいから確認したほうがいい」。2020年8月、現場監督が夫妻に長期優良住宅認定書を手渡すとそう言った。間もなく説明の場が設けられ、A社の社長は、地域型住宅グリーン化事業の補助金は、1級建築士の仕事が遅くて間に合わなかったから受け取れなかったと夫妻に説明した。着工したときから、申請しても補助金を得ることができないことは分かっていた、とも夫妻に語ったとされる。
 さらにもう一つ。長期優良住宅の認定を受けるためには、着工前に認定申請することが原則だ。ところが、A社は申請前の2020年4月26日に基礎工事に着手していた。夫妻の損害は、期待していた地域型住宅グリーン化事業120万円の補助金を得られなかったことだけではなかった。

制度上のほころび
 「当人である施主が申請を取り下げるか、あらためて工事着手日を報告してもらう必要がある」。
地域型住宅グリーン化事業だけではなく長期優良住宅の申請もおかしくなっているのではないかと懸念した夫妻は2020年8月、長期優良住宅の所管行政庁である旭川市に相談するとそう伝えられた。
 夫妻からの相談を受けた市は初めて申請の工事着手日に疑義が生じていることを認識し、夫妻には市長からの報告(工事着手日を確認できる証拠提出)に応じる義務が生じていることを伝えた。「確かに申請者は私たちだ。だが私たちの同意を得ずに偽りの事実を記載して申請したのは委任した業者じゃないか!偽った内容の申請でも減税の優遇を受けられるとだます社長の説明が許せない」。夫妻には、そんな憤りがあった。
 認定申請を取り下げなければ偽りの事実を記載した不正申請とみなされ、夫妻は関連法に則り行政罰に処される。
 「本意ではなかった」。
報告を求める書面の「三十万円以下の罰金に処する」の文字が飛び込んだ。夫妻はやむなく申請を取り下げた。業者の不正な申請によって得られるはずだった公的優遇措置・補助金を夫妻は失った。
 訴状によると、夫妻から認定申請を委任されたB氏は、長期優良住宅の認定が受けられるよう建築士法に基づく《工事監理を行うことも業務に含まれていた》とした上で、《着工前に着工時期の確認をすべき注意義務があった》のに、《この注意義務を怠り、認定申請前の着工を漫然と見逃した過失があるから認定取消によって生じた原告(夫妻)らの損害を賠償する責任がある》と主張している。
 「カーポートについても施工監理は工事監理者であるB氏の業務です。工事監理者であるB氏がきちんと業務を遂行していればこんなことにはならなかった」(夫妻)
 長期優良住宅制度は所管行政庁の書面審査のみで、特段の事情がない限り記載された内容の現地調査・確認、工事施工業者(建設会社)に対しての指導を法的に定めてはいない。いわば偽りの申請を見抜くフィルターを担う行政機関や手だてがないのが実態だ。
 こうした制度上で、施主本人が長期優良住宅を申請する例はまれで、施工業者が代理しているケースがほとんどだ。施主は施工業者を信頼して申請を代理してもらうが、仮に施工業者が自らの都合の良いように手前勝手に異なる事実を記載しても責を問われるのはこの夫妻のように施主当人だ。罰金を支払うか、申請を取り下げるか? 取り下げは施主当人でなければならない。
 この夫妻のように、制度適用に伴うさまざまな優遇措置・補助金をあてにし、玄関ドア・外壁などにグレードアップした建材を使った場合、頓挫したときの痛手は大きい。
一方で、申請を取り下げた段階で施工業者へのペナルティーは特段の事情がない限り課せられない。これでは、施主・消費者保護の観点が欠けた制度上のほころびといえないか。

縁を切りたい
 事実と異なる申請をしたことを夫妻から指摘されたA社の社長は、地域型住宅グリーン化事業は申請しても認定・適用されないことは着工時にすでに分かっていた、との趣旨を告げた。このやりとりを機に、完成間近な夫妻の注文住宅の工事は中断し、2年半を迎えようとしている。
 《自分達にも至らない点が数多くあったかと思います。家を完成させることは双方の本意かと思います。今一度ご一考いただけないでしょうか》。
夫妻は、工事が中断された数日後、A社の社長に前述のメールを送っている。間もなく社長からは▽工事請負契約書に基づき進めてきた▽カーポートの無料施工(やり直し)はできない▽グリーン化事業の補助金分補てんと長期優良住宅認定書取り消しに伴う補償はできない─との回答があった。
 「もうこれが世間でまかり通ることなのか、A社の社長さんは悪いと思っていない。それが信じられないんですよ」。夫妻は憤りを隠せない。
 1月23日に旭川地裁であった第2回口頭弁論閉廷後の本誌の取材に被告代理人の弁護士は、「係争中のことで何もお答えすることはできない」と取材を拒否している。
「早く家を引き渡していただき、A社とは縁を切り、他の業者さんにお願いしてこのトラブルを終わらせたい」(夫妻)

この記事は2023年03月号に掲載されています。

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