北斗警備の子育て全力支援

 「少子化は時代の流れ。逆らってもしょうがない」といった無力感が広がるなか、果敢に大胆な子育て支援策を整えた企業が旭川市内にある。正社員として在職中に3人子どもが生まれてから大学を卒業するまでに支給されるお金は概算で2500万円余り。強力な支援策の背景には、少子化を食い止めたいという使命感のほか、子育て世代の優秀な人材を確保したいとの願いがある。

道はワースト2位
 昭和のアルバムを開いてみてほしい。学校行事、街角で撮ったスナップ、行楽地…。令和との大きな違いは、当時はどこに行っても人が多かったということだ。日本の長期的な経済の衰退傾向には多くの原因があるが、少子化が大きな要因であることは間違いない。
 「1・20」。昨年夏に発表された数字が社会に大きな衝撃を与えた。日本の2023年の合計特殊出生率、つまり一人の女性が生涯のうちに産む子供の平均の数だ。人口を維持するためには、この数字が2・07を保つ必要がある。
 住居コストが安く、大らかな環境の中でのびのびと子育てができそうな北海道だが、現実は厳しい。23年の都道府県別合計特殊出生率に注目すれば、北海道は1・06と、ワーストの東京に次いで2番目に低かった。
 戦後間もない1947(昭和22)年の日本の合計特殊出生率は4・54もあった。それがなぜ大幅に低下してしまったのか。「子供がほしいが、子育てにはお金がかかり、十分な収入がない」と嘆く夫婦が多い。義務教育の小中学校だけでなく、塾などの習い事、高校、大学にかなりの出費が必要となる。「子どもを作ったとしても苦労することになる」、または「二人だけでゆとりある生活がしたい」と、多くの人が子供を作らない、またはそもそも結婚しないとしても無理はない。
 政府も、急速な高齢化と同時に進行する少子化の深刻さは理解しており、さまざまな手段を講じているが、あまり効果を挙げていないのが実情だ。

出産費用・誕生祝い・入学祝い・奨学金…
 「出産にかかる費用は会社が負担する。これとは別に、最初の子が生まれたらお祝い金として100万円、第2子は200万円、第3子以降はそれぞれ100万円ずつ支給する」─㈱北斗警備(本社=旭川緑町20丁目、沖周作社長)が、大胆な「子育て支援策」を独自に打ち出した。
 「少子化は非常に深刻な問題。地域の一員である企業として、何かできることがあるのではないかと考えた」と説明するのは、創業者で現在は会長を務める沖明宏氏だ。
 北斗警備は交通誘導・高速道路規制・施設常駐・駐車場整理・イベント警備など、各種の警備業務を手掛けている。2008年に会社設立、その翌年には札幌支店を設立し、経済が比較的好調な道央圏を中心に業績を伸ばしている。23年の売上高は12億2500万円。約400人の警備員を擁し、旭川と札幌のほかに伊達、室蘭、岩見沢、苫小牧、千歳、中空知(滝川)に支店を展開する。
 北斗警備が昨年10月に導入した子育て支援策は、正社員が対象。前述した出産費用や1人100万円(第2子は200万円)のお祝い金だけでなく、高校入学時に50万円、高校在籍中は奨学金として毎月5万円、大学入学時に100万円、大学在籍中は奨学金として毎月7万円を支給する。義務教育段階を過ぎたあと子育てにかかるさまざまな費用が親世代の重い負担になっていることを重視して、長期にわたる支援策を整えた。すでに、子どもが生まれた社員1人について、この支援策が適用されている。
 3人の子が大学まで行くモデルケースをもとに支給額の総額を本誌で試算してみた。出産費用は全国平均の1人あたり50万円、誕生時のお祝い金(第1子100万円、第2子200万円、第3子100万円)、高校入学お祝い金(各50万円)、奨学金(5万円×12ヵ月×3年=各180万円)、大学入学お祝い金(各100万円)、奨学金(7万円×12ヵ月×4年=各336万円)、以上3人分を合計して2548万円となる。
 お祝い金などを受け取った社員に対しては、「私たちの会社の仲間として長年、一緒に働きたいという気持ちはある」(沖会長)というが、「何ヵ月以内で退社したら返還」といったルールは定めていない。現在、在籍している警備員の多くはアルバイトだが、警備の現場でニーズが大きいのは正社員、かつ有資格者の警備員。手厚い子育て支援策には、少子化にブレーキをかけたいという使命感だけでなく、アルバイトの正社員化、さらには地道な研修を通じた資格取得を後押しして優秀な人材の確保につなげたいという狙いもある。お祝い金などの名目で多額の支給を行っても、それで人材が長期間定着すれば、会社として損をすることはないと、沖会長は考えている。

緑町に社宅も用意
 日本ではこの数年、経済界や政界などで、企業が得た儲けをどう使うべきかをめぐる議論が続いている。設備投資や株主への配当の増加、さらには将来のため内部留保を積み増すべきとの意見があるが、沖会長の考えは明快だ。「まずは警備員への分配を行うべき。会社の重要な役割は、彼らが家族とともにが不自由なく生活できるようにすることだと考えている」
 北斗警備では最近、本社の近くで木造アパート2棟、1LDK16戸分を購入し、現在改装工事を行っている。将来はこれを社員にリーズナブルな家賃で貸し出す予定。これも警備員への「分配」の一環だ。
 大企業を中心に、社員の子育てを支援する制度を導入しているところはあるが、その大半は男性社員も含む育児休暇の取得促進、育児休暇が明けた社員へのサポート、職場復帰後の残業抑制などにとどまっている。北斗警備の大胆な方策は「こんな話は聞いたことがない」と、多くの取引先を驚かせている。
 旭川では分野を問わず人手不足が深刻化している。「仕事はある。人手さえいれば受けられる注文を泣く泣く断っている」といった声も聞く。理想の子育て環境を求めて札幌や東京に流れていく人材もいる。北斗警備のように人手確保のため大胆な方策を講じる企業が増えれば、状況は違ってくるかもしれない。

この記事は月刊北海道経済2025年2月号に掲載されています。
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