
環境問題やエネルギー問題を解決するカギの一つと言われるのが「水素」。燃やしてもCO2を排出しないのは魅力だが、水素を活用可能かつクリーンな方法で生み出すのは簡単ではない。いま富良野市では水素を活用して作った電力を用いて小中学校のエアコンを動かす計画が進んでいるのだが、受注した民間業者が技術的な理由で2度にわたり辞退を申し出たにも関わらず、富良野市がこれを認めず、事業内容の変更を認めたうえで継続させる異例の事態となっている。今年4月19日に予定される富良野市長選に対抗馬が出るかどうか不明だが、仮に選挙戦となれば3期目を目指す現職・北猛俊市長が有権者に対してこの問題についてどう説明するのかが焦点の一つとなりそうだ。
海のものとも山のものとも
富良野市内の小中学校で夢のような事業が進行している。そのベースとなる展示が、事業者によって昨年の大阪・関西万博の会場で行われた。多くの入場者に公開されたのは「独自に開発した水系反応液を使用し、外部エネルギーを使用せず、反応熱をほぼ発生させずに水素を生成する装置」。いまもSNSに残る写真には、液体に浸かった黒い物体から水素が発生し、水素を使って起こした電力でファンが回転しているように見える。事業者のサイトにも見学者のSNSの情報にも、この技術の詳細については何ら説明がないのだが、本当に外部エネルギーを使用せず水素を生成しているとすれば、石油高騰、CO2濃度上昇、原子力のリスクなど現代社会が抱えるさまざまな問題を一度に解決する夢のような技術だ。
夢のエネルギー源の水素を実験室内で作り出すのは、それほど難しくないが、例えば大量の電力を費やして水を酸素と水素に電気分解すれば、電気代がかさんで赤字となる。天然ガスや石油・石炭を分解する方が安上がりだが、クリーンな水素を作るのにクリーンでない石化資源を使うのは矛盾している。このため、いま多くの大手企業が低コストかつクリーンな方法で水素を作る技術を研究している。しばしば技術革新や新装置の開発が報じられるものの、いずれも基礎研究や試作の段階。実用化にはまだまだ距離がありそうだ。
海のものとも山のものとも知れない技術に賭けた富良野市は「勇敢」だったかもしれないが、少なくとも数年間はこの技術が実用化されないことが判明した。にもかかわらず、北猛俊市長は業者に対して「やむを得ない判断」と極めて寛大な判断を示し、当初の提案とは内容がかけ離れた事業になっているにも関わらず、同じ業者に事業の継続を求めている。
「燃料電池を使用 水素を生成」(市答弁)
この構想が持ち上がったのは2024年3月のこと。「富良野市空調学校設備及び次世代エネルギー設備導入(リース方式)事業」の公募型プロポーザルが行われた。事業の大枠を決めて、その中で民間業者が自由に事業内容や機器、技術などを選択して提案(プロポーザル)、その優劣を評価して業者を選定する方法だ。
仕様書によれば、事業の目的は「適切な工事工程・管理体制・確実な実行性を担保しつつ、リース方式について環境負荷の低減が図られた空調設備の導入と次世代エネルギー設備導入による電力調達を行い、快適な学習環境と児童生徒のゼロカーボンに対する意識醸成、温室効果ガス排出を抑制すること」とある。使う次世代エネルギーの種類は「太陽光」「水力」「バイオマス」「水素」の4種類。工事期間は契約締結日当日から同年10月末まで。リース期間は同年11月1日から最大18年間とされた。同プロポーザルの実施要領には、3月8日の公募開始・4月1日の企画提案書受付開始、4月12日の企画提案書類・プレゼン審査というスケジュールが明記され、4月下旬の契約締結を見込んでいた。それから約半年後の工事完了と供用開始を予定していたから、かなりのハードスケジュールだった。空調設備を設置するのは扇山小、東小、西中、東中の4校だ。
公募に応じたのは㈱フソウ・エナジー(本社東京、以下、エナジー)だけだった。グループ中核会社のフソウ(旧社名=扶桑建設工業)は年商470億円の上水道・下水道設備、鋼管などのメーカーであり、全国に支店を持つ。エナジーはエネルギー関連事業を手掛ける子会社で、電力小売り、省エネ機材の導入負担を削減するソリューション事業、再生可能エネルギー施設の設計・施工・メンテナンス・発電を行っている。
プロポーザルに対してエナジーはどのような提案を行ったのか。24年6月20日の富良野市議会一般質問で、二宮利和市議がこの事業を担当する近内栄一教育長に尋ねたところ、以下の答弁があった。
「企画提案を受けました次世代エネルギー設備の概要につきましては、燃料電池を使用し、水素を生成、特殊な方法で循環させることで、発電の際にCO2を排出しない独自の発電方法であります」
教育長の答弁はさらに続く。
「同様の発電設備を導入している実例としては、岩手県内の施設ですでに稼働しており、施設電力を供給していると伺っております」(中略)「香川県の鋼管工場ですか、そちらでも導入されていくというふうに聞いてございます」
この時点で富良野市は、エナジーから提案のあった事実がすでに実用化、または導入予定であり、机上の空論ではないと認識していたことになる。
エアコン200台 調達間に合わず
ところが、装置の設置は順調に進まなかった。工事期間は24年10月末までだったが、4校に設置する空調設備200台の調達が間に合わなかった。猛暑で全国的に空調の需要が増していることを考えれば、約半年で200台もの空調設備を調達するのは最初から困難だった。契約が交わされたのは当初の見通しよりも半年以上遅い24年12月23日だった。リース期間は25年6月1日~18年間で、契約金額は全体で9億5206万円とされた。なお、発電装置の詳細な内容は契約に盛り込まれなかった。
それから約半年の間に、空調の設置は進んだが、肝心の次世代エネルギーを作り出す設備の工事は進まなかった。人手不足や装置の製造の遅れが原因ではない。エナジーが高松市の工場に設置した装置で試験を行ったところ、「1の電気を作るのに4のエネルギーが必要」な状況で、まったく採算が取れないことが明らかになったためだ。契約から3ヵ月が経った25年2月25日、エナジーから辞退の申し出があった。
ところが、富良野市は辞退を受け入れなかった。予定通り、空調設備を6月1日に稼働させ、発電設備ができるまではエナジーが「非化石証明書」つきのクリーン電力を電気代を全額負担して購入する条件で、両者は一致。同年4~5月、エナジーは富良野市に対して、グループ企業が大阪・関西万博で展示した新方式の採用を提案し、富良野市もこれを認め、5月23日には発電設備の完成期限を26年末まで約1年半延期することを認めた。
25年6月1日に空調設備は稼働したが、11月10日にエナジーが事業からの撤退を再度申し入れた。新技術が安定性・安全性を確保して住民に十分に説明できるレベルになるまでに「年単位」の時間がかかることが判明したためだという。
契約変更の範囲内
富良野市はまたも辞退を認めなかった。発電設備の完成期限を定めず、開発を継続させるとともに、今年4月からは富良野市からエナジーにリース料を払うことになった。水素を使った発電が行われないという大幅な内容の変更にも関わらず、富良野市は契約の変更の範囲内だとみなしている。
両者の合意の後、25年12月25日、市庁舎で開催された市民説明会で配布された資料には、新方式について以下のような説明がある。
「無電解水素発生発電システム 独自のコア技術/外部エネルギーを使用せず、反応熱もほぼ発生させずに水素を生成する水素反応液(国際特許出願中)/高効率な燃料電池とリチウムイオン蓄電池」
同じ資料には「オフグリッド型発電システムイメージ」として、鉄と「水系反応液」が「無電解水素生成装置」に加えられ、生じた水素が燃料電池に送られ、燃料電池から電気が蓄電池に送られ、最終的に電気がさまざまな用途に使われることを示す図が描かれている。
「水系反応液」が何を示すのかは謎だが、鉄と酸性の液体が反応して水素ガスが発生することはよく知られている。ただし、鉄が腐食して、酸性の液体に含まれる水素イオンも減少するため、反応を持続するには常に鉄と酸性の液体を補充しなければならない。いずれにせよ、外部から資材やエネルギーを追加投入せずに安定的に電力を生み出し続けられるか、疑問が残る。反応の終わった鉄と反応液がどうなるのか、環境に害を及ぼさないのか、その処理にコストがかからないのかが注目点だ。
改めて事業の現状に注目すれば、当初のプロポーザルの内容で実現したのは空調の稼働だけ。次世代エネルギーについては実現のメドが立たない状況だ。それなら、リースではなく、空調設備を購入したほうが安上がりだった。文部科学省の空調設備整備臨時特例交付金を使えば設置費用の半分が国から補助され、地方自治体負担についても措置があるため実質約3割の負担で済むためだ。リースの場合、こうした措置はない。そもそも、提案内容の中核が実現していないことを問題視しないようでは、実現のメドが立たない技術やビジネスモデルをプロポーザルに盛り込むことが「セーフ」になってしまう。
もともとの提案は4校にそれぞれ発電用の設備を設置することになっていたが、新たな提案によれば、市内の別の場所に発電設備を集約し、4校に送電する方式に変更するという。これも当初のプロポーザルとの違いの一つだ。
北市長は25年12月8日に開かれた富良野市議会の議員協議会で「富良野市を実証実験の場として活用してほしい」と説明したというが、それなら実証実験のプロポーザルを行うべきだった。実証実験をプロポーザルで募集する自治体は珍しくない。とはいえ、(リース期間)18年間におよぶ実証実験は前代未聞だ。実証実験の成果が広く社会で役立つ可能性はあるにせよ、そのコストやリスクを地方自治体が担うことに、市民は納得するのだろうか。
「認識不足」はどっちなのか
エナジーが行った2通りの提案に、数年どころか百年の時間を費やしても、どれだけ実現可能性があるのか疑わしい。中学校の理科の時間に学ぶエネルギー保存の法則によれば、エネルギーは姿を変えてもその総量は決して減らず、常に一定に保たれる。この事業に当てはめれば、小中学校の空調設備を稼働させるのに必要なエネルギーを生み出すために、少なくとも同じ量のエネルギーを投じる必要がある(実際には熱などで一部のエネルギーが無駄になるため、より多くのエネルギーを投じる必要がある)。エナジーから提案のあった二つの技術の詳細は謎だが、エネルギー保存の法則から逃れることは誰もできない。
問題は水素を使うことではなく、どれだけ効率よく、環境負荷を軽くして水素を生み出すのか。この事業をめぐる富良野市やエナジーからの説明に「水素」という言葉が頻出するが、例えば「太陽光で」「原子力で」「バイオマスで」といった水素を生み出すエネルギーへの言及がないのが不思議だ。
しかし、北市長の考えは異なるらしい。24年7月10日の北海道新聞に、二宮市議の「不確定な事業に頼った結果、猛暑への準備ができていないまま子供たちは夏を迎えることになってしまった」とのコメントが掲載されたことを受け、北市長が二宮市議を呼び出した。以下はその時の会話だ。
北市長「できるかできないかは、業者ができますと言って、電気を発生して実際にものが動くんだから、それを信用する以外になにがあるの。あなたみたいに技術的な化学記号だかなんだかまで調べなきゃいかんのか」
二宮市議「これは調べるべきだと思います。世の中にほとんどないものだからです」
北市長「ほとんどないというのはあなたの認識不足だから」
そしていま、エナジーも富良野市で活用できる水素関連の装置が存在しないことを認めている。北市長はいまも自らの認識が十分だったと考えているのだろうか。
「万博で展示されたから…」
エナジーが提案した2つの技術のうち、とくに無電解水素発生発電システムは、「無電解」と言い切っている点から考えて、科学的な裏付けがあるとは思えない。いま世界中の研究者が研究しているのは、効率の良い電気分解で水素を作る技術。「無電解」を標榜する研究は、記者が調べたかぎりエナジーのもの以外は発見できなかった。
それでも富良野市の関係者が信じているのは、大阪・関西万博で展示されたという「折り紙」があると思われる。
しかし、入場者数だけみれば成功だったとはいえ、大阪・関西万博の展示には「眉つば」なものも多かった。その象徴が空飛ぶクルマ。当初は、ドローンが有人飛行して目玉展示になるはずだったのだが、専門家の間では当初から疑問視されていた。現時点では、実用に耐える容量・重量のバッテリーが開発されていないためだ。案の定、空飛ぶクルマは一般乗客を乗せないデモ飛行に変更され、しかも部品落下トラブルのため3ヵ月休止を余儀なくされた。一部の業者は会場内で模型を展示したり、VRで入場者に疑似体験させるのが精いっぱいだった。
無電解水素発生発電システムは空飛ぶクルマ以上に怪しいが、見方を変えるなら、北海道の地方自治体の中に信じ込むところが現れたということは、万博に出展した効果は充分にあったと言えるだろう。
本誌がエナジーに質問を送付したところ、以下のような答えが寄せられた。
Q1 23年の秋、フソウのグループ企業の大船度市にある拠点を富良野市長が視察しているが、それはどんな施設か、自社施設か自治体に納入した施設か、現在稼働しているか、稼働していないとすればその理由は。
A1 取引先の民間企業に納入した水素発電設備。現在は稼働していない。当初想定した効果が得られなかったため。
Q2 (1の電気を作るのに4のエネルギーが必要との結果が出た)24年12月の実験を行った高松の施設は、どのような施設か、自社施設か納入したものか。
A2 自社用の水素発電設備である。
Q3 大阪万博で展示した装置は、外部からのエネルギー供給を行うのか。行わないとすれば大発見だが、基礎となる論文や研究はあるのか。
A3 水素生成時に電気などの外部エネルギーは使用しない。(論文・研究について)反応液の製造から再利用にかかるLCA(ライフサイクルアセスメント)に関しては現在実証中であるため、
回答を差し控えさせていただく。
A1からわかるのは、事業が推進される上で重要な材料となったフソウグループの施設が、「当初想定した効果が得られなかったため」「現在は稼働していない」との事実だ。
そして本誌は北市長に対し、前出の二宮市議に対する「認識不足」との指摘は今も変わらないのか、この事業に対するコメントは何かないかと質問した。「二つの質問に対する答え」が寄せられた。
「24年7月時点での考えは、事業実施に向けて、先例となる事例を視察し、現物を確認したうえで判断している。当時の考えに変わりはない。
報道にあたっては、事実と相違のないよう、正確にお伝えいただくようお願いする」
最後の「お願い」は、報道される側としては自然な思いであろう。本誌もそれを尊重して取材を尽くした。
しかし、北市長は、エナジーの当初の提案内容と、事実との間に大きな〝相違〟が生じていることは気にしないのだろうか?
監査請求提出 訴訟も視野
奇妙なのは、富良野市議会がほとんどこの問題についてほとんどチェック機能を果たせていないということだ。二宮市議はこの問題を取り上げるたびに、会派を問わず他の議員から「多数決で決まったことなのだから黙って従えばいい」「あまり波風を立てるな」といった批判を受けたという。ただ、昨年12月の2度目の延期の後は議会の空気もさすがに変化しつつあり、今後、他の市議にも北市長への批判が広がるかどうかが注目されるところだ。
二宮市議は1月8日、富良野市長、教育長らを相手にリース料支出差し止め、契約解除、本件契約を維持・変更して市に損害を与えた関係職員へに損害を賠償させることなどを求める住民監査請求(市職員措置請求)を提出した。監査委員の今後の対応によっては、訴訟も視野に入れる。
「富良野市空調学校設備及び次世代エネルギー設備導入事業」。このうち「空調学校設備」は導入されたが、肝心の「次世代エネルギー設備導入事業」は実現のメドが立っていないという現状が、児童生徒に教訓を残すことができるとすれば、それは「うますぎる話にはくれぐれも注意しろ」ということではないか。

